お心当たりはありますか、と初めて言った日(第二稿)
遺失物係一年目、窓口の定型句

ナガサワコウタ(31歳・駅の遺失物係8年)

遺失物の台帳には三つの欄がある。拾得日時、拾得場所、品名。この三つを書けば、物は番号になり、棚に並ぶ。八年、私はその欄を埋めてきた。欄に書けないものは、書かない。それが台帳の決まりだ。

窓口でいちばん最初に言う言葉も決まっている。「お心当たりはありますか」。これは台帳に書く言葉ではなく、人に向かって言う言葉だ。覚えるのに、台帳の三欄より時間がかかった。

二〇一八年四月、配属。最初の三ヶ月は棚の番だった。届く物の半分はビニール傘で、その日のぶんを輪ゴムで十本ずつ束ね、番号札をつけて壁際に立てる。骨の折れたものは別にする。三か月引き取りがなければ、段ボールに詰めて警察署へ引き継ぐ。傘の段ボールは、一箱で三十二本入った。引き継ぎ書には本数だけを書いた。

六月二十日、水曜。私は初めて一人で窓口に立った。先輩が遅い昼に出ていた。雨。一人の女性が来て、傘を忘れたと言った。私は練習した言葉を初めて人に向けて言った。「お心当たりはありますか」。

女性は色も長さもブランドも言えなかった。「どこにでもあるビニール傘なんです」。品名欄には「ビニール傘」としか書けない。棚にはその「ビニール傘」が、その週だけで百本以上あった。定型句のあとに続ける言葉を、私は持っていなかった。

女性は黙ってから言った。「持ち手に、娘がシールを貼ったんです」。もう剥がしたかもしれない、と。台帳のどの欄にも入らない申告だった。それでも私は棚へ行った。番号順では意味がない。届いた日付の新しいほうから、持ち手だけを順に見ていった。

十七本目。持ち手に、ハートの形の剥がし跡があった。粘着剤が薄く残って、そこだけ曇っていた。シールはない。貼ってあった形だけがある。窓口に戻すと、女性は跡を見てうなずいた。色も長さも、最後まで照合していない。ハートの曇り一つで、傘は持ち主に帰った。台帳には引き取りの判を押し、特徴欄に後から書き足した。「持ち手にシール剥離跡(ハート形)」。三欄の外に、初めて一行を増やした。

翌週、また女性が傘を忘れたと窓口に来た。私は同じ言葉を言った。「お心当たりはありますか」。ただ、続けてこう訊いた。「持ち手や、内側に、何か跡はありませんか。シールでも、名前でも」。それから八年、私は届いた物の三欄を埋めたあと、もう一度、欄の外を見る。定期入れの隅に書かれた名前。鞄の角の擦れ。傘の持ち手の、誰かが貼った跡。台帳に何万本の傘を書いたか覚えていない。覚えているのは、十七本目の曇りのほうだ。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。