ナガサワコウタ(31歳・駅の遺失物係8年)
駅の遺失物を扱う仕事を八年している。窓口に立つと、いちばん最初に口にする言葉が決まっている。「お心当たりはありますか」。これは台帳に書く言葉ではなく、人に向けて言う言葉だ。だから覚えるのに、いちばん時間がかかった。
遺失物には台帳がある。拾得日時、拾得場所、品名。この三つを書けば、物はひとまず番号になり、棚に並ぶ。書く欄は決まっていて、迷う余地がない。私はこの仕事に就いたとき、台帳のほうが好きだった。物は嘘をつかないし、台帳は感情を求めてこない。夕暮れのホームに置き忘れられた静けさのようなものが、棚のあいだには満ちていたと思う。
配属は二〇一八年の春、二十三歳のときだった。最初の数ヶ月、私はほとんど棚の番をしていた。届く物の多くはビニール傘で、傘立てのように一隅に積まれていく。一日に何十本も届くのに、引き取りに来る人はほとんどいない。三か月の保管期限が来ると、それらは警察署に引き継がれる。誰のものでもなくなった傘の山は、見ていて少し寂しかった。
その日、私は初めて窓口に一人で立っていた。先輩が休憩に入っていて、ほかに誰もいなかった。雨の降る平日の午後だったと思う。一人の女性が来て、傘を忘れたと言った。私はマニュアルどおり、口の中で何度も練習した言葉を、初めて他人に向けて言った。「お心当たりはありますか」。
女性は困った顔をした。傘の色も、長さも、ブランドも、覚えていないと言う。「どこにでもあるビニール傘なんです」。私は台帳の品名欄を思った。色、形、特徴。何も書けない。棚にはビニール傘が何十本もある。これでは見つけようがない、と私は思った。定型句のあとに続ける言葉を、私はまだ持っていなかった。
女性は少し黙ってから、こう言った。「持ち手のところに、娘がシールを貼ったんです」。それも、もう剥がしてしまったかもしれない、と。特徴とは言えない特徴だった。台帳には書けない。けれど私は、なぜか棚に向かっていた。ビニール傘の山を、一本ずつ持ち手を確かめながら見ていった。
十数本目だった。持ち手に、ハートの形の、シールを剥がした跡があった。粘着剤がうっすら残って、そこだけ曇っていた。シールはもうない。けれど、貼ってあった形だけが残っていた。私はその傘を持って窓口に戻った。女性は跡を見て、すぐにうなずいた。間違いなくこれです、と。色も形も一致を確かめたわけではない。剥がし跡ひとつで、傘は持ち主に帰っていった。
その日から私は、届けられた物を少し違う目で見るようになった。物には、持ち主の特徴ではなく、持ち主の暮らしの痕跡が残っている。定期入れに書かれた名前。鞄の角の擦れ方。傘の持ち手の、誰かが貼ったシールの跡。台帳の三つの欄には収まらないものが、物のほうには確かにある。それを見るのが、私の仕事なのかもしれないと思った。
あれから八年。何万件の物を台帳に書いたか、もう覚えていない。けれど、あの傘のことだけは覚えている。失くした人ではなく、失くされた物の側に立って見ること。あの剥がし跡の一本が、私をいまの私にしてくれた。今日も棚には、誰かの暮らしの痕跡を残したまま、物たちが番号をつけられて並んでいる。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。