ナギラコウ(56歳・建具職人30年)
秋になると、障子の張り替えの注文が増える。柔らかな和の光に包まれた日本の秋、とでも言えばいいのだろうか。盆と正月、来客の季節を前に、家の人は古びた障子を白くしておきたくなるらしい。電話が立て続けに鳴る季節が、私には一年でいちばん秋らしい。
古い紙は、いきなり剥がしてはいけない。霧吹きで桟の上の紙をしっとり湿らせ、しばらく待つ。糊がふやけて、紙が桟から自分で浮いてくるまで待つ。急いで爪を立てると、糊といっしょに桟の木の繊維まで起こしてしまう。待つのは、たぶん職人の大事な仕事なのだと思う。湿らせて、煙草一本ぶん待つ。それくらいでちょうどいい。
紙が浮いたら、端からゆっくり剥がす。剥がしたあとの桟には、何年ぶんかの埃と、古い糊の跡が筋になって残っている。これを濡れ布巾で拭き、乾いた布で追う。糊の跡が残っていると、新しい紙がそこだけ盛り上がって乾く。掃除のほうが、張りより時間がかかることも多い。地味だが、ここを省くと仕上がりに出る。
新しい紙の張り方には二通りある。一枚張りは、組子の上に大きな一枚をかぶせて、桟に糊をつけた骨へ伏せていく。組子ごとの張り分けは、桝目ひとつひとつに合わせて小さく張る。手間はかかるが、破れたとき一桝だけ直せる。私は施主の暮らしぶりを見て、どちらにするか決める。子どもの小さい家には、張り分けを勧める。
張ったばかりの紙は、まだ少したるんでいる。仕上げに、表から霧吹きを一面に吹く。乾くにつれて紙が縮み、桟の上でぴんと張っていく。障子が、太鼓の皮のように張り詰めていくのを見るのは、何度やっても気持ちがいい。あの、たるみが消えていく数十分が、この仕事のいちばんの役得かもしれない。
破れた障子の依頼は、秋に限らず一年中ある。破れの位置を見れば、たいてい犯人が分かる。腰より高いところの破れは大人の不注意、低いところの破れは猫か子どもだ。小さい子のいる家、猫のいる家には、プラスチックを挟んだ障子紙という手もありますよ、と伝える。破れにくいし、水拭きもできる。風情は少し落ちるが、暮らしには勝てない。
近頃は、自分で障子を張り替える家がめっきり減った。それどころか、「張り替え方を教えてほしい」と言われることがある。教えるのは構わない。ただ、教えてしまえばその家の仕事は二度と来ない。教えるか、黙って仕事として受けるか——その間合いのところで、私はいつも少しだけ迷うのかもしれない。たぶん、迷いながらも教えてしまうのだろう。
張り替えた障子を建て込んで、部屋を見渡す。それまで飴色に沈んでいた部屋が、紙越しの白い光でふっと持ち上がる。同じ部屋とは思えないほど、明るく、新しくなる。障子の白い光、それこそが日本の暮らしというものなのだ。古い紙を剥がし、桟を拭き、新しい紙を張る。この繰り返しのなかに、日本人の季節の感覚が宿っているのだと、いまでは思う。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。