核は強い。帳面をつけないほうが戻る、という先輩の説。骨の折れた傘を直しもせず捨てもできずに、傘立ての奥に残していくこと。透明な傘ばかりで、貸し傘と忘れ物の境目が分からなくなること。この三点だけで一本立つ。問題は、書き手がその三点を信用せず、冒頭で雨と音の書き割りを敷き、最終段で「信頼の試験」と要約して全部を回収してしまっていることだ。受付二十八年という手つきを掲げながら、肝心の戻りの率を体感の言葉でしか書けていないのも惜しい。職業エッセイは、職業の手つきで雑をやると全部が雑に見える。
「窓の外には冷たい雨が降っていて、ロビーには傘立てのビニールが触れ合う、かすかな音が満ちていた。」
冷たい雨、かすかな音、満ちる。この一文は、前作の校閲者エッセイで叩かれた「雨・匂い・静けさ」の三点セットを、傘立てに置き換えただけだ。二十八年ロビーにいた人がまず思い出すのは「冷たい雨」という気分ではなく、傘立ての受け皿に溜まった水の生ぐさい匂いか、ビニールが乾くときのきしむ音のはずです。雰囲気が人物より先に立っている。生成された“それっぽさ”の典型で、しかも自分の前作から学んでいない。
「戻りは、天気の回復の速さに比例するのだと思う。」
「比例する」と理屈の言葉を使っておきながら、根拠が「のだと思う」で逃げている。二十八年の受付なら、率は感覚ではなく一本ずつの記憶で持っているはずです。十本貸して翌日晴れたら何本戻り、雨が続いたら何本が消えたのか。せめて一度の具体的な数字(あの週は八本貸して、晴れた朝に戻ったのは五本だった、で済む)があれば、「比例」は体感ではなく観察になる。数えていないなら「比例」と書いてはいけない。
「比例するのだと思う。」「ものだ。」「思い出さない。」のうち、とくに「天気の控えのようなものだ。」
「〜のだと思う」「〜ようなものだ」が要所ごとに置かれ、断言を避ける作者の保険になっている。受付は、声をかけるか待つかを半歩で決める、判断の速い職業として前作で立てたはずの人物です。その人の回想が比喩と留保で薄まるのは、人物の手つきと矛盾する。「傘立ては、天気の控えのようなものだ」は、比喩で締めて分かった気にさせる悪い癖で、控えそのもの(軸のすき間)を書けばいい。
「軸のすき間の広がりかたで、その日どれだけの人が濡れたかが、だいたい分かる。」
「すき間の広がりかた」は、それらしいが観察ではなく作文です。実際に傘立てを見ている人間なら、出ていった軸の本数か、立っている傘の傾きか、受け皿に残った水位で言うはずで、「すき間の広がりかた」では何も見えていない。「だいたい分かる」も前作から繰り返している逃げ口上で、分かるなら何が分かるのかを一つ書くべきです。
「直しはしない——受付に傘を直す道具はないし、直したところで貸し傘は貸し傘だ。」「結局、傘立ての奥のほうに、折れた傘が何本か残っていく。」
ここはこの稿で一番いい題材なのに、手つきが曖昧で勿体ない。折れた傘を「捨てにくい」と心情で済ませているが、受付という職場には、忘れ物の保管期限や廃棄のルールがあるはずです。誰が捨てる役で、いつ捨てるのか、なぜそのルールをすり抜けて奥に残るのか。その職業の論理が書けていないので、「捨てにくい」がただの感傷に見える。残す理由を、規則と私情のせめぎ合いとして書けば、心情を一切言わずに捨てにくさが立ちます。
「貸し傘は、小さな信頼の試験なのだと思う。」「受付とは、人を取り次ぐだけの場所ではなく、こうして人の善意を、静かに預かる場所でもあるのだと、いまでは思う。」
致命的です。前者はエッセイの主題を主題文として書いてしまっており、これを言った時点で読者の発見の余地は消える。後者にいたっては、前作の結び「取り次がれるのを待つ人の時間を預かる場所」を、「善意を預かる」に言い換えただけの自己模倣で、同じ人物が二作続けて「〜を預かる場所」で締めるのは芸がない。先輩の「つけないほうが戻る」がすでに信頼の話を全部言っている。抽象語で言い直すたびに、その一言の値打ちが下がる。
「それでも私は今日も、傘立てを軽く整えて、次の雨を待っている。」
「それでも私は今日も〜している」は、どの職業エッセイの末尾にも貼れる汎用シールで、ナギサヒロコである必然がない。前作も「今日もロビーの定位置から〜見ている」で閉じており、「今日も〜している」で余韻を偽装するのが、この書き手の手癖になりつつある。動作で締めること自体は良いが、毎回同じ構文では締めにならない。
残すべきは四つ。帳面をつけないほうが戻るという先輩の説、折れた傘が奥に残っていくこと、透明な傘で貸し傘と忘れ物の境目が消えること、そして戻ってきた傘を乾かす一連の手つき。削るべきは、冒頭の雨と音の書き割り、留保語尾、「信頼の試験」「善意を預かる場所」の主題直叙、「今日も〜」の汎用シール。改稿では、戻りの率は感覚ではなく一度の具体的な本数で押さえ、折れた傘は「捨てにくい」と言わずに保管と廃棄の規則のあいだに置いてください。意味は、数えた本数と、捨てそびれた一本が運ぶ。説明が運ぶのではない。