ナギサヒロコ(54歳・ビル総合受付28年)
受付のわきに、貸し傘の傘立てがある。透明のビニール傘で、骨を覗くと白で社名が入っている。雨の降り出した日、帰りに濡れる方にお貸しする。帳面はつけない。お名前も所属も訊かない。ただ一本、軸を差し出す。
帳面をつけるべきだ、という話は何度か出た。書かせれば戻らない傘も減る、と。けれど先輩は、つけないほうが戻る、と言った。名前を書かせた瞬間、貸し借りは手続きになる。手続きにすると人は身構えて、足が遠のく。書かせないからこそ、晴れた朝に、ふと思い出して戻してくださる。私は今も、帳面をつけていない。
先週は八本貸して、翌日が晴れた。朝のうちに戻ったのは五本。三本は戻らない。雨が二日続いた週は、十本出て、戻ったのは二本だった。自分の傘で間に合えば、借りた一本のことなど人は思い出さない。翌日晴れると傘は戻り、雨が続くと忘れられる——二十八年で覚えたのは、その数の動き方だ。
返しに来る方の言い方には種類がある。「昨日はありがとうございました」と、こちらの顔を覚えていてくださる方。会釈だけして黙って傘立てに差して行く方。何も言わず、もとあった場所にそっと立てて、改札のほうへ歩いていく方。私はそのうしろ姿に声をかけない。お礼を言わせるために貸したのではない。
戻ってきた傘は、ロビーの隅で乾かす。濡れたまま立てると内側がくもって、次にお渡しするとき気持ちが悪い。すぼめて軽く振り、マットの上で水を切り、骨を半分ひらいて立てかける。雨の日のマットは、来客の靴の泥と、戻った傘の雫で、夕方には黒くなる。乾いた傘は傘立てに戻す。朝に出ていった軸の本数を数えれば、その日どれだけの人が濡れたかは分かる。
ときどき、骨の折れた傘が戻る。風にあおられたのだろう、一本だけ骨が裏返って、布が三角に垂れている。忘れ物は三か月で処分、と決まっている。貸し傘も同じ扱いでいい。私が処分の箱に入れさえすれば、月末にまとめて運ばれていく。けれど、折れた一本を箱に入れる手が、毎月止まる。誰かが雨の日に手にして、また戻してくれた傘だ。私はそれを箱ではなく、傘立ての奥に立て直す。規則のほうが正しいと分かっていて、私はそうしない。
透明な傘ばかりが並ぶと、貸し傘と忘れ物の境目は消える。ロビーに置き忘れられた傘も、引き取り手がなければ貸し傘に回るから、奥の何本かは、もう社名入りかよそ様のものか、骨を覗かないと分からない。骨の白い字を一本ずつ確かめながら、私は、人の持ち物の境目というのは、こんなに簡単にあいまいになるのか、と手を止める。
今日は朝から本降りだった。傘立ては夕方までに、からの軸ばかりになる。明日の予報は晴れ。何本が戻るかは、明日の朝の傘立てが教えてくれる。奥には、先月入れそびれた折れ傘が、まだ立っている。