貸し傘の、戻り
受付の傘立てで、天気を待つ

ナギサヒロコ(54歳・ビル総合受付28年)

受付のわきに、貸し傘の傘立てがある。透明のビニール傘で、骨の数えられるところに白で社名が入っている。雨の降り出した日、帰りに濡れて困る方にお貸しする。窓の外には冷たい雨が降っていて、ロビーには傘立てのビニールが触れ合う、かすかな音が満ちていた。二十八年、私はこの傘の出入りを、来客の出入りと同じように見てきた。

貸し傘には、戻ってくる傘と、戻らない傘がある。長くやっていると、戻りの率が天気で決まることが分かってくる。翌日からりと晴れれば、傘はよく戻る。晴れた朝、片手にビニール傘を提げた方が、出社の途中に寄ってくださる。けれど雨が二日、三日と続くと、傘はそのまま忘れられていく。自分の傘で間に合ってしまえば、借りた一本のことなど、人は思い出さない。戻りは、天気の回復の速さに比例するのだと思う。

返しに来る方の言い方には、種類がある。「昨日はありがとうございました」と、こちらの顔を覚えていてくださる方。会釈だけして、黙って傘立てに差して行く方。差し出すでもなく、立てるでもなく、もとあった場所にそっと戻して、何も言わずに改札のほうへ歩いていく。私はそのうしろ姿に、声をかけずにいる。お礼を言わせるために貸したのではないのだから。

朝、傘立てには十数本が立っている。雨の予報の日は、夕方までに半分が出ていく。からの軸が増えるほど、外は本降りになっている。帰りには、何本かが戻り、何本かは出たままになる。朝と夕で本数を数えるわけではないけれど、軸のすき間の広がりかたで、その日どれだけの人が濡れたかが、だいたい分かる。傘立ては、天気の控えのようなものだ。

貸出帳をつけるべきか、という話は、何度か出た。お名前と所属を書いていただけば、戻らない傘も減るだろう、と。けれど先輩は、つけないほうが戻る、と言っていた。帳面に名前を書かせた瞬間、それは貸し借りの手続きになる。手続きにしてしまうと、かえって人は身構えて、足が遠のく。書かせないでお貸しするから、晴れた朝に、ふと思い出して戻してくださる。私は今も、帳面をつけていない。

戻ってきた傘は、ロビーの隅で乾かす。濡れたまま立てておくと、ビニールの内側がくもって、次にお貸しするときに気持ちが悪い。すぼめて軽く振り、玄関マットの上で水を切ってから、骨を半分ひらいて立てかける。雨の日のマットは、来客の靴と、戻った傘の雫とで、夕方には黒くなる。乾いた傘は、また傘立てに戻して、次の雨を待つ。

ときどき、骨の折れた傘が戻ってくる。風にあおられたのだろう、一本だけ骨が裏返って、布が三角に垂れている。直しはしない——受付に傘を直す道具はないし、直したところで貸し傘は貸し傘だ。けれど、捨てにくい。誰かが雨の日に手にして、また戻してくれた一本を、折れているというだけで捨てるのは、どこかためらわれる。結局、傘立ての奥のほうに、折れた傘が何本か残っていく。

困るのは、忘れ物の傘との合流だ。ロビーに置き忘れられた傘は、しばらく預かってから、引き取り手がなければ貸し傘に回す。貸し傘と忘れ物が同じ傘立てに混ざると、どれが社名入りでどれがよそ様のものか、骨を覗かないと分からなくなる。透明な傘ばかりが並ぶと、人の持ち物の境目は、案外あいまいだ。

貸し傘は、小さな信頼の試験なのだと思う。名前も書かせず、ただ一本のビニール傘を手渡して、晴れた朝に戻ってくるかどうかを待つ。戻る傘も、戻らない傘も、折れて戻る傘もある。それでも私は今日も、傘立てを軽く整えて、次の雨を待っている。受付とは、人を取り次ぐだけの場所ではなく、こうして人の善意を、静かに預かる場所でもあるのだと、いまでは思う。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。