ナカガワミオ(45歳・手話通訳者20年)
講演会場には独特の張りつめた空気がある。客席のざわめきと、マイクの小さなハウリングと、誰かが椅子を引く音だけが、開演前の時間をゆっくりと満たしていた。その空気のなかで、私は演者の斜め後ろに立ち、二つの言語のあいだに身を置いて、片方からもう片方へ言葉を運ぼうとしていた。けれど講演の通訳には、診察室とは違う、もう一つの問いがある。会場の音を、どこまで手で伝えるか、という問いだ。
立ち位置は、いつも演者の斜め後ろと決まっている。客席のろう者から、演者の顔と私の手が、同じ視野に収まる角度。照明は演者に当たっているから、私の手元は暗くなりがちで、開演前に主催者へ頼んで、足元の補助灯を少しだけ私の側に振ってもらう。手元が見える明るさ。それを確保するのが、最初の仕事だ。二十年やっても、照明の調整は毎回ゼロから頼む。
講演は二人体制で組む。一人が訳しつづけられるのは、せいぜい十五分から二十分だ。集中が切れると手が雑になり、雑になった手は嘘をつきはじめる。だから相方と、目だけで合図して、文の切れ目で音もなく入れ替わる。客席からは、ただ手が一組、途切れずに動きつづけているように見える。交代の継ぎ目を見せないことも、訳のうちだ。
拍手は、見える。演者が話し終え、客席が手を打つ。その音は、見えない人にも、打っている人々の動きとして伝わる。私は両手を顔の高さに上げ、てのひらをひらひらと回す。ろう者の拍手だ。視覚的な拍手。手をたたく音のかわりに、光がまたたくように手が揺れる。私はそれを壇上で出す。聴者ばかりの会場で、私の手だけがひらひらと揺れて、少しだけ浮く。その居心地の悪さを、二十年たっても飲み込みきれない。
難しいのは、笑いだ。拍手は事実として見えるが、笑いは見えない。演者が何か言って、会場がどっと沸く。その「沸いた」という事実だけなら、私は手で示せる。けれど笑いには種類がある。心からの温かい笑いか、気をつかった愛想笑いか、一部の席だけが反応した薄い失笑か。聴者にはその違いが音の質で一瞬に伝わる。見えない人には、「笑いが起きた」という事実だけが残る。私はそこで毎回迷う。種類まで訳すのか。訳せば、それは私の解釈になる。訳さなければ、その人は会場と半歩ずれたまま座りつづける。
依頼者とは、事前に必ず打ち合わせをする。「会場の笑いは、起きたことだけ伝えればいいか、雰囲気まで知りたいか」。ある人は「事実だけでいい、判断は自分でする」と言う。ある人は「みんなが笑っているのに自分だけ取り残されるのが一番つらい、雰囲気も拾ってほしい」と言う。同じ笑いが、依頼者によって、訳すべきものになったり、訳しすぎになったりする。誰に渡すかで、訳の形が変わるのだ。
講演の途中で、会場の後方で携帯電話が鳴ったことがある。間の悪い、大きな着信音だった。聴者の客席が一瞬ざわつき、演者が言葉を止めた。私は手を止めるべきか迷った。これは演者の言葉ではない。会場で起きた、訳すべき情報なのか、無視すべき雑音なのか。一拍迷って、私は「後ろで電話が鳴った、演者が一瞬止まった」とだけ手に乗せた。依頼者は小さくうなずいた。あの一拍の迷いが、いまも手に残っている。
派遣のあと、報告書を書く。開始終了時刻、会場、講演の主題、特記事項。特記事項の欄に、「会場の笑いの種類を、温かい笑いとして訳出。後方の着信音を訳出するか一拍迷った」とは書ききれない。書く欄が小さすぎる。報告書には、運べたものしか記録できない。迷った半秒、拾わなかった失笑、勝手に足した温度——それらはどの欄にも収まらず、私のなかにだけ残っていく。二十年分、たまっている。
結局、会場のすべての音を、そのまま手に乗せることはできない。手はいつも何かを選び、何かを捨ててしまう。どの音を渡し、どの音を捨てるか——その取捨選択こそが、通訳という行為の本体なのだと、いまでは思う。私の手は今日も、演者の斜め後ろで、笑いと拍手と着信音のあいだで、一瞬だけ宙に止まる。そしてそのささやかなためらいが、私を二十年、通訳者でいさせてくれているのだろう。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。