ハウスの、台風(第二稿)
入口の柱の同じ釘に、カッターをかけてある

ナンジョウヒカリ(24歳・温室いちご農家二代目)

進路予報の円が県にかかると、まず畑が円のどちら側に入るかを見る。右側は風が強い。台風が進む速さと、回り込む風が、同じ向きで足し合わさるからだ。うちは右側に入っている。更新は三時間おき。私はその三時間ごとに、補強をどこまで進めておくかを決める。

最初はマイカ線の増し締めだ。ハウスのビニールを上から押さえる細いバンドを、軒のフックに右へ二回ひねって留め直す。夏のあいだに伸びたぶんだけ、緩んでいる。一本目で握り方を思い出し、二本目からは音で締まり具合が分かる。きしむ手前で止める。締めすぎれば、風で線のほうがビニールを切る。

次に側面のビニールを腰の高さまで巻き上げる。風を中に通すためだ。閉めきると、ハウスは風を孕んで浮き上がる。父の代に一棟、そうやって基礎ごと持っていかれた。だから台風の前は、わざと隙間を作る。守るというのは、閉めることではない、と手が覚えている。

発電機は満タンで十二リットル、ファンを回して十時間もつ。暖房のためではない。台風は夏から秋に来る。停電で換気が止まると、閉めたハウスは中で蒸れて、株が一晩で弱る。だから発電機の前には、いつも灯油ではなくガソリンの携行缶が二つ置いてある。私はその二つを、出荷の合間に何度も見にいく。

カッターは入口の柱の、左から三本目の釘にかけてある。手探りでも届く。風が想定を超えたら、風上側の、軒に近い一枚を切る。上の角から下へ、線に沿って一気に引く。ビニールが先に裂ければ、風は中を抜けて、骨は残る。張り替えれば済むものと、曲がれば終わるもの。釘の位置は、その順番を体に刻むために決めてある。まだ、使ったことはない。

父には、二つの台風がある。破った年と、破らなかった年。破った年、近所では骨ごと潰れた棟がいくつもあったが、うちの骨は立っていた。破らなかった年、賭けに勝って、ビニールも無事だった。どちらが正しかったかを、父は教訓にしない。ただ、台風の前夜にだけ、どちらかの年の話を始める。今年はまだ、どちらの話も出ていない。

通過した翌朝、軽トラの助手席に父が乗る。畑までは十分。ラジオは消している。父は窓の外ではなく、自分の手元を見ている。私は、最後の夜にカッターを取らずに済んだことを、まだ言えずにいる。畑の手前のカーブを曲がると、ハウスの屋根の稜線が見えてくる。曲がっていなければ、それでいい。父が、先に短く息を吐いた。

点検は外の骨から。曲がり、ビニールの破れ、マイカ線の外れ。中へ入って、株の倒れ、水のたまり。壊れたものは、悔やまないように全部、共済の写真に撮る。近所には電話を入れる。「そっち、どうだった」。聞くのは数字ではなく、声の張りだ。お互いさま、という言葉が、こういう朝にだけ、本当の重さで使われる。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。