裏の糸
——ナッシュ均衡の話、朝の駅改札に縫い込まれて

朝の駅改札」の背後には、ゲーム理論のもっとも基本的な概念がある。全員が他のプレイヤーの行動を所与として、自分の最適行動を選んでいる状態をナッシュ均衡と呼ぶ。個人最適の集積が、必ずしも全体最適にならないことを示す。

一本目——ナッシュ均衡とは

1950年、ジョン・ナッシュが提示した概念。ある状態が均衡であるとは、どのプレイヤーも、他者の行動を変えない限り、自分の戦略を変える誘因を持たないことをいう。

ナッシュ均衡の重要な性質は、それが必ずしもパレート最適ではないことである。全員が現状から動かないのが個別最適でも、全員が一斉に動けば全員が得をする状態が存在しうる。ただし、誰かが先に動いて損する可能性があるため、誰も動けない。

二本目——改札で起きていること

朝の駅改札で、フジワラが観察するのは、まさにナッシュ均衡である。六台の改札に並ぶ列の長さがばらつく。「最短列に移ればいい」と思うが、自分が移ると、その列が一番遅くなる。これは、皆が同じことを考えて同時に移るからである。結果として、誰も移らないのが個別最適となり、ばらつきが維持される。

もし全員が一斉に並び直して、各列の長さを均等にすれば、全員の通過時間は数秒短くなる。しかし、誰もそれを提案できない。提案者が損する可能性があるからである。個別最適の総和が、全体最適より劣る、典型的な状況である。

三本目——均衡を破る介入

駅員がアナウンスで「左の列が空いています」と言う。これは、ゲームの外側からの介入である。アナウンスがあれば、移動する責任が個人から外部に転嫁され、移動のコストが下がる。数人が動く。動いた直後、また長い列ができる——新しいナッシュ均衡に落ち着く。

均衡は破られても、すぐに新しい均衡に移る。ただ、その瞬間だけ、全体の効率が一度だけ改善する。ゲーム理論の応用としての交通整理、列の整列、エスカレーターの片側空けの是非——すべて、ナッシュ均衡をどう動かすかという設計問題である。

補記——シリーズの中での位置

シリーズ「裏の糸」は、専門家には当たり前の概念を、暮らしの言葉で語り直す試み。本作はそれらに続く一本である。シリーズ全作(28本)のリストは カテゴリM から。

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このページの解説文は編集部スクリプトで定型生成されています。シリーズ「裏の糸」続編バッチ3の一本。