辛口レビュー
——「雨の、中止」第一稿について

核は強い。火薬の返納で「出した量と戻した量が、一グラムも狂ってはならない」こと、再開の朝に孔へ指を入れて底の濡れを確かめること、そして詰所で図面を広げて待つ手。この三点は、発破技士という職業でしか書けない。問題は、書き手がその三点を信用せず、「山の機嫌」という擬人化で全体を額装し、留保語尾で語気を薄め、最終段で主題を自分の口で解説して終わっていることだ。前作で「岩に聞く」という強い具体を手にした人が、今作では「空を信じる」という安い抽象に逃げている箇所がある。職業の手つきは、説明ではなく動作で示すべきだ。

1. 「山の機嫌」という擬人化の額装

「山の機嫌が悪い日は、山が崩されることを拒むのだと、私は思っている。」/「山は、こちらの都合など知らんぷりで、ただ濡れている。」/「私たちは、その機嫌が直るのを、ひたすら待つ。」

三度も「機嫌」が出てくる。山に人格を貸して情緒を立てるのは、どのネイチャーエッセイにも貼れる既製の叙情装置で、この書き手である必然がない。前作のネゴロは「節理がどっちを向いてるか」で岩を見ていた人だ。その人が天気を語るなら、出てくるのは機嫌ではなく、雲の底が灰から鉛色に変わる順番か、風が谷から吹き上げに変わる瞬間のはずだ。擬人化は、観察を一つもしていないことの証明になっている。

2. 留保語尾が職業設定と矛盾する

「空を見る目つきが、だんだん農家の人に似てくるのかもしれない。」/「どちらが正しいということではないのだと思う。」/「同じ一つの天気を、二つの目で見ているだけなのだろう。」

「火薬の世界に『たぶん大丈夫だろう』という言葉はない」と本人が書いている職業だ。その断定の人が、地の文では「〜かもしれない」「〜のだと思う」「〜のだろう」を連発している。これは怯えではなく、言い切りを避ける作者の保険に見える。中止を一秒で決められる男の回想なら、文も中止のように言い切れるはずだ。とりわけ「どちらが正しいということではない」は、対立を立てておきながら自分で水に流す逃げで、ここは言い切ってこそ若手と年配の両方に敬意が立つ。

3. 農家の比喩が借り物になっている

「この仕事を長くやっていると、空を見る目つきが、だんだん農家の人に似てくるのかもしれない。」

「農家の人に似てくる」は、空を読む人間の常套句であって、発破技士の観察ではない。農家は雨が欲しい。技士は雨を恐れる。同じ空を見ても、見ている理由が正反対だ。ここで似てくるのは目つきではなく、たとえば「明日の天気で今日の段取りを決める」という時間の向きの話のはずで、それを書かずに「農家に似る」で済ませたから、比喩が雰囲気だけの飾りになっている。

4. 作者が本当には見ていないディテール

「雲の底の色、風の匂い、そういうものを読むようになる。」

「雲の底の色、風の匂い」は、読む対象を列挙しただけで、何色をどう読んだのかが一つもない。本当に二十三年読んできた人なら、具体が一つ出る——「西の雲の底が平らに切れたら、一時間で来る」のような、この山でしか通じない一行だ。一般名詞を並べるのは観察の放棄であり、生成された“それっぽさ”の典型である。同じことが「点検棒の先を確かめ、削岩機の刃を見て」にも言える。確かめて、どうだったのかが無い。

5. 火薬の返納——核を抽象でくるんでいる

「山を崩せなかった日でも、帳簿だけは、いつもと同じ重さで閉じられる。」

これは惜しい。「同じ重さで閉じられる」は美しい一行だが、その直前で「決められた手続きで庫に戻す」と手続きを抽象化してしまったため、重さの実感が宙に浮いている。レシピは要らない。だが「朝に持ち出した箱を、夕方そのまま提げて戻る」程度の、手の動きが一つあれば、帳簿の重さは本物になる。核を守るために抽象でくるんだつもりが、核から体温を奪っている。

6. 予定調和の結び・主題の自己解説

「待つことも、また発破の仕事なのだ。」/「山を崩せなかった日にも、私はちゃんと、発破技士をやっている。」

エッセイの主題を、主題文としてそのまま書いてしまっている。「待つことも発破の仕事」は、孔に入れた指や、庫に戻る箱が、すでに無言で語っていたことだ。それを抽象語で言い直すたびに、指と箱の値打ちが下がる。前作の結びにあった「岩の割れ目が、俺をいまの俺にしてくれた」と同じ自己赦しの型で、起源神話の判子を自分で押している。最後の一文は、丸ごと要らない。

7. 他エッセイでも言える文

「悔しくないと言えば嘘になる。」

この一文は、試合に負けた選手にも、納期に間に合わなかった職人にも、そのまま置ける汎用文だ。悔しさの中身——掘った孔の本数か、もう一日遅れる工程表か、雨を恨んだ自分への苦笑か——を書かなければ、感情は存在しないのと同じになる。汎用の感情表明は、感情の不在を上手に隠すだけだ。

総括——残すべき核

残すべきは三つ。火薬の返納の「一グラムも狂ってはならない」、再開の朝に孔へ入れる指、図面を広げて待つ手。削るべきは、「山の機嫌」の擬人化(三回)、留保語尾、「農家に似る」の借り物比喩、そして最終段の主題解説と自己赦し。改稿では、空の読みを「機嫌」ではなく一つの具体的な動き(雲の底の色が変わる順番)で書き、火薬の返納に箱を提げて戻る動作を一つ入れ、結びは指か箱で終えること。「待つことも仕事だ」と言ってはいけない。待っている手を見せれば、読者がそれを言う。意味は動作が運ぶ。説明が運ぶのではない。

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