発破の、合図
採石場一年目、岩に聞くと教わるまで

ネゴロタケシ(45歳・採石場の発破技士23年)

山を少しずつ崩して、骨材にする仕事を二十三年やっている。道路の下にも、家の基礎にも、砕いた石は入っている。誰も山の名前を覚えていないが、その山だったものの上を、毎日たくさんの車が走っている。発破そのものは数秒で終わる。だがその数秒のために、私たちは何日も孔を掘り続ける。

二〇〇三年、二十二歳でこの採石場に入った。最初の半年は、ただの力仕事だった。削岩機を抱えて、岩の壁に孔を掘る。一本一本、深さも角度も決められている。腕がしびれ、耳が鳴り、白い粉を一日中浴びていた。発破の現場にいるのに、私はまだ発破を一度も見ていなかった。火薬に触れる資格は、そう簡単には与えられない。

火薬と雷管の世界には、法律と資格と、分厚い帳簿がある。何グラムをどこに入れ、いくつ残ったか、すべてが記録される。一発の発破のために、書類は何枚も書かれ、何人もの判が押される。山を崩すというと荒っぽく聞こえるが、現場の半分は、ほとんど事務仕事のような正確さでできている。

初めて装填の場に立たせてもらったのは、入って一年近く経った頃だった。先輩の技士に、孔の一本一本を指さされた。同じに見える壁が、先輩には同じに見えていなかった。「岩を見ろ」と言われた。「節理がどっちを向いてるか。割れ目の向きが、崩れ方を決める。火薬は、岩に聞いてから入れるんだ」。私には、壁はただの壁にしか見えなかった。

装填量は、計算で決まる。多すぎれば岩は飛びすぎ、思わぬところまで石が跳ぶ。少なすぎれば、岩はびくともしないか、中途半端に割れて、かえって危ない壁を残す。ちょうどよく、というのが一番難しい。先輩は孔をのぞき込み、岩肌に手を当て、それから紙に数字を書いていた。手のひらで、山が吠える前の息づかいを聞いているようだった。

装填が終われば、退避だ。決められた距離まで全員が下がり、人数を声に出して確認する。「一、二、三……」。一人でも返事がなければ、合図は出ない。そしてサイレンが鳴る。警戒のサイレンは、山にも、街にも、これから起きることを告げる。あの音を聞くと、今でも背筋が伸びる。

合図があって、発破が来る。地面が一度、下から突き上げる。音より先に、足の裏が知っている。土煙が上がり、やがて落ち着く。けれど、私がいちばん長く感じたのは、その後の静けさのほうだった。発破は数秒。だが発破のあとの、誰も口をきかない時間は、ずいぶん長く感じられたように思う。

静けさが明けても、すぐには近づけない。崩れた後の壁こそ危ない。落ちきらずに、ぐらついたまま引っかかっている石がある。浮き石、と呼ぶ。点検棒で一つ一つ叩いて、音を聞いて、落とすべきものを落とす。崩した後の点検が、いちばん神経を使う。崩す瞬間ではなく、崩れた後の壁と、長く向き合うことになる。

あの日から二十三年、私はずっと、岩の割れ目を見てきた。発破の瞬間は数秒で過ぎていくのに、私の仕事のほとんどは、その前の何日かと、その後の静けさのなかにある。節理の向きを読み、岩に聞き、崩れた壁の浮き石を点検する。考えてみれば、私は山を崩す人間というより、岩の割れ目の観察者になっていたのだろう。岩の割れ目が、俺をいまの俺にしてくれたのだと思う。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。