凧合戦の、糸
五月、職人が現場に立つ祭りの日

オボロサキ(38歳・和凧職人24年)

五月の大凧合戦の朝は、空気が祭りの熱気に満ちていて、河原のどこを向いても人の声が弾んでいる。私はその熱の中に立ちながら、しかし自分が浮かれてはいけない立場であることを、毎年思い出すことになる。合戦の日、職人は揚げ手ではない。道具係なのだと思う。

合戦の凧は、床の間に飾る凧とは別の生き物だ。切り合いに耐えなければならないから、骨を太くする。横骨は普段の一割五分増しで削り、中骨の交点には当て竹を裏から添えて、糸で縛ってから膠で固める。紙も一枚では足りない。よその糸が擦れて当たる縁——主に下辺と両肩には、裏から細く帯状の和紙を貼り足して二重にする。喧嘩凧は、空で擦り合うことを前提に骨と紙を組む。美しく作るのではなく、千切れにくく作る。

糸の支度は、前の晩からだ。麻糸を組によって太さを変える。揚げ糸は太く、相手に絡める切り合いの糸はそれより細く張りのあるものを継ぐ。継ぎ目は本結びで、結んだあとに余りを焼いて玉にしておく——ほどけた継ぎ目は空で必ず切られる。切る糸と切られる糸の違いは、結局のところ結束の確かさと、糸の張り具合だ。よく言われる「相手の糸を擦り切る」という派手な物言いほど、現場では地味な結び目の話になる。

合戦の前に、組の人たちと打ち合わせをする。曳き手を何人つけるか、誰が糸を送り、誰が走って引き戻すか。風の読みもここで擦り合わせる。今日の風は川下から斜めに入って、午後には強くなる見込みだった。風が強ければ曳き手を増やし、糸目を少し詰めて凧を寝かせ気味にする。私は道具の側から「この風なら横骨はもつが、揚げ糸はもう一段太いほうがいい」と伝える。揚げるのは組の人で、私はその手に渡る道具に責任を持つのだと思う。

会場の隅に、修理班の場所をもらう。私はそこにいる。合戦が始まれば、破れた凧、骨の折れた凧が次々と運ばれてくる。破れには裏から和紙を当てて糊で押さえ、折れた骨には添え竹を縛る。応急だから、揚がる角度が戻ればそれでいい。膠が乾くのを待つ間に次の凧が来る。河原の隅で、私は祭りのあいだじゅう座って、ひたすら張り替えをしている。空を見上げる暇は、あまりない。

それでも、ときどき顔を上げる。揚がった凧を見ると、誰が削った骨かが分かる。骨の反りの癖は、空で必ず出る。右肩が硬い凧は風を受けると右へわずかに首を振る。私の組んだ凧は——よその組の凧と並ぶと、立ち方の素直さで分かる気がする。比べてしまうのは、職人の悪い癖なのかもしれない。空に並んだ凧は、それぞれの土間の手つきを、そのまま大きくして見せている。

合戦が終われば、落ちた凧を回収する。切られた凧は風に流されて、川面に浮き、対岸の屋根に引っかかり、桜の枝に骨を絡める。子どもらが川へ降りて拾い、私は屋根に上がって竿で手繰り寄せる。濡れた和紙は重く、骨はたいてい折れている。祭りの後始末は、上がったときの華やぎとは無縁の、淡々とした仕事だ。回収した凧を一枚ずつ広げて、どこが切られたかを見ておく。来年の補強の指図は、この破れ目から決まる。

後始末がすめば、挨拶回りだ。組の世話役のところを回ると、たいてい来年の注文がその場で決まる。「今年のはよう切られんかった、来年も頼む」と言われると、補強の塩梅が合っていたのだと分かる。一年の仕事の答えが、合戦のこの一日に出る。合戦が、私の一年の答え合わせなのだ。土間で削った骨が、空で切られずにもちこたえたかどうか——それを確かめるために、私は毎年この河原に道具係として立っている。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。