昨夜、丸をつけた
——音読カードの、つけた夜とつけなかった夜について

マツモトヒナ(育児家事コーディネーター)

公園のベンチで、ママ友がいつもより少しだけ小さな声で言った。「うちも実はね、昨日つけちゃった」。砂場のほうを見たまま、缶コーヒーの缶を両手で包んでいる。私は「ああ」と、たぶん同じくらい小さな声で返した。否定も肯定もしなかったのは、半分くらい、自分にも身に覚えがあったからだと思う。風が吹いて、桜の花びらが二、三枚、音読カードみたいな形でベンチに落ちた。

あの日の夜のことを、私はよく覚えている。お風呂上がりに絵本を一冊読んだところで、子どもは電池が切れたように寝てしまった。机の上には、真っ白な音読カードが一枚だけ、静かに光っていた。「おんどくひょう」とひらがなで書かれた枠の、今日の欄だけがぽっかり空いている。私は一度、ペンを置いた。置いたのに、指先が動いた。プラスチックのペン軸が、ひんやりと冷たかったことを、なぜか今でも思い出せる。

丸は、ついた。子は、寝られた。明日の朝、カードはランドセルに入って、先生のところへ届く。ママ友の間で、これは小さな、けれど公然の秘密のようなものだ。口に出しては言わない。言わないけれど、目が合うと、お互いに少しだけ笑う。「昨日つけちゃった」と言える相手がいることに、正直、救われている夜もある。

丸はつく。子は寝られる。先生には届く。そのどれも、嘘ではないような気がしてしまう夜がある。

同じ学年に、毎晩ちゃんと音読している子がいる、という話を聞いた。けれど、その子の家庭には家庭の事情があって、音読カードに丸をつける大人が、うまく見つからない日がある。毎晩本を開いている。声に出して読んでいる。それでも、紙の上では、その子のほうが「読んでいない」ことになる。ここまで書いて、私は一度、台所で胸が詰まる。お湯を沸かしたはずのケトルが、いつの間にか静かになっている。

見るためのもの、という話

丸は、もともと、その日音読をしたかどうかを見るためのものだった、と思う。先生が一人ひとりの夜にお邪魔することはできないから、紙に残してもらう。紙は、夜の代わりに見える場所だ。そういう仕組みだったはずだ。

ところが、私の手は、だんだん丸をつけるためだけに動くようになる。今日読んだか、ではなく、今日の欄が空いていないか、のほうを先に見ている。気づかないうちに、何のための丸なのかが、静かに入れ替わっている。見るためのものが、いつの間にか目的になる。家の中では、誰も声を荒げないまま、ひそやかに入れ替わる。

先生のほうも、たぶん、気づいておられる。毎日見ていれば、どの子の声が今日の朝に残っていて、どの子の丸が親の筆圧で押されたものか、薄々はわかるのだろうと思う。けれど、教室で「あの家は」とは言えない。言わないのが先生の優しさでもあるし、言えない仕組みでもある。先生もこの紙の上で、小さく目をつぶる側にいる——そのことが、私は前より少しだけわかるようになってきた。誰かを責めたい話では、もうない。

丸の下の、5分間

ここからが、昨夜の私に言ってあげたいことだ。私はずっと、丸のほうを先に見てきた。欄が埋まっているか、明日提出できるか、先生にどう映るか。けれど、本当に見るべきだったのは、丸の下にあるあの5分間のほうだったのだと思う。誰がペンを握ったか、ではなくて、今夜あの子が本を開く時間が、一度でもあったかどうか。

丸の下には、5分がある。紙の上からは見えない5分が、たしかにある。

親は、あの子のとなりにいる。となりに座っている人にしか見えない時間がある、ということを、私はもう少しだけ、信じていいのかもしれない。丸の向こう側——あの子が今日、一行目でつまずいたとか、「お母さん、この字なんて読むの」と聞いてきたとか——は、となりからしか、たぶん見えない。先生にも見えない。紙にも残らない。けれど、それはたしかに、あった。

以前、赤ペンの話を書いた(子の宿題に、どこまで赤ペンを入れるか)。手を止める練習の話だ。今夜の話は、その続きのようでもあり、別の話のようでもある。赤ペンは止められても、丸ペンは動いてしまう夜がある。手というのは、不思議なものだと思う。

丸をつけた夜もあった。つけなかった夜もあった。どちらも、私の手だった。そのことを、もう責めすぎないでおこうと思う。手は、ペンを握る以外のこともできる。肩を叩くこともできるし、本のページを一緒にめくることもできる。お茶を淹れることもできる。

明日の夜は、カードを開くより先に、「今日のところ、ちょっと読んでみせて」と言ってみようと思う。短くていい。一行でもいい。読み終わったら、二人で丸をつければいい。それが丸の、本来の場所なのだと、昨夜の私に、そっと言ってあげたい。完璧じゃなくていい。70点でいい。となりに座れた夜は、それで充分、丸なのだと思う。

——補記:この第一稿は、公開後に「LLM くさい」「予想どおりに落ちる」という辛口レビューを受け、著者が第二稿で書き直しました。改稿の過程を記録として、第一稿・レビュー・第二稿を並置しています。

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