全体要旨:観察の着眼は悪くないが、結論部の「檻」「労働と存在が溶け合う」が印象論に寄り、前半の実証的トーンと衝突している。語源記述も曖昧さに逃げた箇所がある。冗長な言い換えを削り、観察の粒度で勝負する構成に締め直すべき。
挨拶が労いの顔をしている国は、労いを挨拶にするほど、労働と存在が溶け合っているということでもある。
締めの一文が「日本社会は労働漬け」という既視感のある結論に着地している。観察エッセイの読者はここで興ざめする。もっと固有の発見で終えるべき。
本来「お疲れ様」は、作業を終えた者をねぎらう言葉だった。舞台裏や工事現場、稽古場で
「本来」と言い切りながら用例の時代特定を避けている。芸能界由来説などは通説だが本稿では触れていない。曖昧にしすぎて観察の信頼性が下がる。
「You must be tired」は相手の状態への踏み込みで、親密さの度合いが違う。
英語圏の「労い挨拶」として選んだ例が弱い。実際には「How's it going」「Hey」など中立語が発達している事実と対比した方が鋭い。
日本の職場に「中立的な挨拶」の空席があったことだ。
空席論は便利だが、ではなぜ他言語圏では空席が生じなかったのかに答えていない。比較調査員を名乗る以上、素通りできない穴。
英語の「Goodbye」は「God be with you」の縮約で
語源系エッセイの定番ネタで、読者は何度も見ている。自分の観察で代替したい。
出社直後の「お疲れ様です」、廊下ですれ違う時の「お疲れ様です」、メールの冒頭一行目の「お疲れ様です」
三連の羅列になっている。三連対句を避けるという制約に抵触しているうえ、冒頭でも似た羅列を使っているので二重の冗長。
同じ下請け関係にある、そういう「内側」の確認語だ。
ここがこのエッセイで一番面白い指摘なのに、最後にちらっと出して終わっている。本来はここを中心軸に据えて構成し直すべき。
オフィスビルのエレベーターで、朝九時前に知らない人と乗り合わせる。
マンションポエム調査員という肩書が冒頭で一瞬出るだけで、観察者の視座として活きていない。広告コピーの職人の眼で言葉を見る、という強みを全編に通すべき。
「労いの意味が薄まることで挨拶として成熟する」という骨格は残し、「内側の確認語」を中心に据え直す。Goodbyeの手垢ネタとエレベーター描写の冗長を削り、広告コピー観察者としての視座を通す。結論の社会論的な飛躍は捨て、語そのものに踏みとどまる。