この稿は、「大きな名所より最後の一杯の豆漿が残る」という着地を最初から目指しすぎていて、読者が途中で結論を読めてしまう。台湾の固有性を借りているようで、実際には旅行エッセイの既製文句がかなり多く、体験の固さより演出のやわらかさが前に出ている。とくに後半は、気づきを説明し、祖母に言わせ、さらに自分で反芻して、意味を三重に回収してしまう。そのため、本来いちばん効くはずの「豆漿が残った」という発見が、発見ではなく予定調和に見える。
「台湾旅行はどうだった?」と尋ねた。友人は少し考え、ぽつりと言った。「あの最後の朝、空港近くで食べた豆漿が忘れられないんだ」
ここは完全に予定調和です。前段で豆漿の場面だけ温度、蒸気、ため息まで丁寧に盛っているので、読者は「どうせここが回収される」とかなり早い段階で察します。意外性ではなく、伏線の貼り方の露骨さで落ちが見えてしまっています。
赤い提灯が夕闇に映え、古い家々の間からは懐かしい香りが漂う。
「夕闇」「懐かしい香り」は、意味があるようで輪郭がない、生成文っぽい叙情の典型です。誰にとって何が懐かしいのかが不明なまま、雰囲気語だけが先に立っているので、風景ではなく“旅行っぽい文章”を読まされる感じになります。
「最後に食べたものが一番、と昔の人も言うね。覚えやすいのかもしれない」
全体として留保語尾は多くないのに、いちばん意味を決める場面で「かもしれない」に逃げています。祖母の言葉を知恵として置きたいのか、単なる仮説として流したいのかが曖昧で、芯になる一文が弱くなっています。
厨房からは豆を煮る甘い匂いと、白い蒸気を立てる蒸し器の音が聞こえる。
「蒸し器の音」は、見た人の書き方ではなく、書こうとして作った音です。蓋の触れ合う金属音なのか、湯気の噴く音なのか、店内の注文の声なのか、具体の選別がない。台湾の早餐店ならではの皿、卓上の調味料、動線、客の食べる速さなど、見えている人なら拾う細部が抜けています。
九份の景色も、故宮の宝物も、夜市の活気も、九時間の長距離バスの不便さも、雨に煙る博物館の静寂も、友人の記憶の表層からはほとんど消え去っていた。
ここは読者に考えさせず、作者が自分で要約して答えまで出しています。しかもこのあと祖母の説明が入り、さらに自分で反芻までして、同じ意味を三回回収する。余韻ではなく解説になっています。
温かい蒸気が友人の眼鏡を曇らせる。「ふう」と小さなため息が漏れた。私も同じように、温かい豆漿の優しい味を心ゆくまで味わった。
豆漿に「温かさ」「優しさ」「旅の終わり」「記憶」を全部背負わせすぎです。象徴は一度効けば十分なのに、蒸気、温度、ため息、優しい味と重ねて押し込むので、自然に残った一杯ではなく、意味づけされた小道具に見えてしまいます。
その店の活気と、人々の穏やかな話し声が、旅の終わりを静かに告げていた。
この一文は、台湾でなくても、旅でなくても、店でなくても成立してしまいます。「活気」と「穏やかな話し声」も便利語の域を出ていません。固有の場を一般論の詩情で上塗りしているので、場所が抜け落ちます。
私は、受話器を耳に当てたまま、祖母の言葉を静かに反芻した。豆漿の、ほんのりとした甘さと、じんわりと広がる温かさが、今も、私の記憶の中で鮮やかに息づいている。
ここは作者が自分で自分の感動を保証して終わる、かなり甘い結びです。「静かに反芻した」「鮮やかに息づいている」は、まさにこの手のエッセイが最後に押すキャラ印で、読み手には余白より自己陶酔が残る。締めるなら、わかったことを書くより、わかりきらなかったズレを置いた方が強いです。
残すべき核は、「案内した側が名所を覚えていて、案内された側は最後の豆漿を覚えていた」という記憶のズレです。ここは強いので、名所の羅列を減らし、早餐店の具体を増やし、祖母の説明と最後の自己解説を切ってください。豆漿に意味を載せるのではなく、友人の一言が勝手に意味を帯びる形まで引き算したほうが、作品として締まります。