台湾旅行で覚えていること
豆漿のあった朝だけ

リンメイファ(台湾出身)

友人を故郷の台湾に連れて行ったのは、去年の春だった。三泊四日の旅は、私自身も胸を躍らせた。

九份の石段を二人で上った。赤い提灯が夕闇に映え、古い家々の間からは懐かしい香りが漂う。友人はしきりに感嘆の声を上げていた。故宮博物院では、翡翠の白菜を見た。葉の先の虫まで彫られた職人技に、友人はしばらく言葉を失っていた。夜は士林夜市の熱気へ。友人は臭豆腐を恐る恐る口にした。一口で首をすくめた顔は、今も鮮やかだ。

旅の途中、不意に雨が降った日があった。広い窓を持つ博物館で、私たちは窓の外に流れる雨の筋を見ていた。展示品よりも、友人の視線は雨粒に吸い寄せられた。別の日は、高速バスで台中まで九時間かけて往復した。車窓の景色は流れていったが、友人はほとんど眠っていた。私の義理の祖母の家では、食卓を囲んで皆で昼食を取った。祖母が手ずから盛り付けた料理を、友人は少し緊張した面持ちで受け取っていた。

全ての予定を終え、帰国する最終日の朝。桃園空港近くの、地元で賑わう小さな早餐店に立ち寄った。厨房からは豆を煮る甘い匂いと、白い蒸気を立てる蒸し器の音が聞こえる。友人は熱々の豆漿を両手で持ち、ゆっくり一口飲んだ。温かい蒸気が友人の眼鏡を曇らせる。「ふう」と小さなため息が漏れた。私も同じように、温かい豆漿の優しい味を心ゆくまで味わった。その店の活気と、人々の穏やかな話し声が、旅の終わりを静かに告げていた。

日本に戻ってしばらく。友人と再会し、「台湾旅行はどうだった?」と尋ねた。友人は少し考え、ぽつりと言った。「あの最後の朝、空港近くで食べた豆漿が忘れられないんだ」

私は一瞬、言葉を失った。九份の景色も、故宮の宝物も、夜市の活気も、九時間の長距離バスの不便さも、雨に煙る博物館の静寂も、友人の記憶の表層からはほとんど消え去っていた。残っていたのは、ただあの朝の、温かい豆漿の味だけだったという。

後日、実家に電話をかけ、祖母にこの話を聞かせた。祖母は、懐かしそうに、優しい声で笑いながら言った。

「最後に食べたものが一番、と昔の人も言うね。覚えやすいのかもしれない」

私は、受話器を耳に当てたまま、祖母の言葉を静かに反芻した。豆漿の、ほんのりとした甘さと、じんわりと広がる温かさが、今も、私の記憶の中で鮮やかに息づいている。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。