リンメイファ(台湾出身)
友人を故郷の台湾に招いたのは、昨年の春、三泊四日の旅だった。案内役の私にとっても、新鮮な再発見に満ちていた。
九份の階段を二人で歩いた。夕暮れ時、店の軒先に吊るされた赤い提灯が灯り始め、どこからか八角の匂いが風に乗って漂う。友人はスマートフォンのカメラを盛んに向けていた。故宮博物院では、翠玉白菜の繊細な彫刻に、友人は息をのんだ。夜は士林夜市へ。屋台がひしめき合い、人々の声が喧騒となって渦巻く。友人は恐る恐る臭豆腐を口にし、その一口に顔をしかめた瞬間を、私は覚えている。
旅の途中、突然の雨に降られた日もあった。広い窓から雨脚を眺める博物館で、友人は展示物よりも窓に吸い寄せられていた。別の日、高速バスで台中まで七時間ほど揺られた。友人は座席でほとんど眠っていた。私の祖母の家では、食卓に並んだ彩り豊かな家庭料理を、友人はやや緊張した面持ちで受け取った。祖母が勧める料理に、ぎこちないながらも応えていた。
最終日の朝、桃園空港へ向かう前に、路地裏の早餐店に立ち寄った。通勤途中の人々で賑わう店だ。厨房の奥からは、大鍋で豆乳を煮る匂いが薄く漂い、蒸しパンを蒸す金属製の大きなセイロが、シューシューと音を立てる。友人は熱い鹹豆漿を両手で持ち、蓮華でそっと一口すくった。眼鏡のレンズが、ふわりと曇る。「ふう」と小さく息をついた。私も同じように、碗から立ち上る湯気を眺めた。
日本に戻って数週間後、友人と顔を合わせた。「台湾、どうだった?」そう尋ねると、友人は少し考え、意外な言葉を口にした。「あの、空港近くで食べた朝ごはんの豆漿が、忘れられない」
九份の幻想的な景色も、故宮の国宝も、夜市の活気も、長距離バスの疲労も、友人の記憶の表面には残らなかったらしい。あの小さな早餐店で食べた、ごく普通の鹹豆漿。それが友人の旅の記憶の中心になったのだ。私にとっては見慣れた日常の一部が、彼にとっては旅のハイライトとなった事実に、私は驚きを隠せない。
後日、実家の祖母に電話でその話をした。祖母は懐かしそうに、少し笑いながら言った。
「最後に食べたものが一番、と昔から言うものだよ。きっと、旅の味はそういうものなんだね」