ソノダマリ
告白する。私は広告代理店にいた頃、不動産デベロッパーの広告を作っていた。暗号を作る側にいた。
不動産広告には暗号がある。業界の人間は全員知っている。しかし読む側——つまり家を探している人——は知らない。今回から、元共犯者として暗号辞典を編纂する。嘲笑するためではない。暗号の巧みさを鑑賞し、そして読者がチラシを読む目を少しだけ鋭くするために。
| 広告の表現 | 暗号の意味 | 暗号の仕組み |
|---|---|---|
| 閑静な住宅街 | 駅から遠い。商業施設が少ない | 「不便」を「静か」に変装 |
| 日当たり良好 | 他に特筆すべき点がない | 唯一の長所を全面に出す |
| リノベーション済み | 築年数を隠したい | 「古い」を「新しくした」に変装 |
| 邸宅街 | 「高級住宅街」と書きたいが規制で書けない | 規制回避の言い換え |
| ○○エリア | ○○駅が最寄りではない(が、生活圏と主張) | 地名のブランド力を借りる |
| 2LDK+S | Sは採光基準を満たさない部屋 | 「窓なし部屋」を「サービスルーム」に変装 |
| 自然豊かな環境 | 都心から遠い | 「田舎」を「自然」に変装 |
| 眺望良好 | 高層階からの話。低層階からはビルの壁 | 一部の事実で全体を代表させる |
| 歴史ある街並み | 建物が古い。再開発が進んでいない | 「老朽」を「歴史」に変装 |
| 告知事項あり | 事故物件である可能性 | 法的義務の最小限表現 |
10個の暗号を並べてみると、型が見えてくる。
最も多いパターン。ネガティブな事実をポジティブな言葉に着替えさせる。
駅から遠い → 「閑静」
建物が古い → 「歴史ある」
都心から遠い → 「自然豊か」
築年数が経っている → 「リノベーション済み」
マンションポエムの「消去の原理」(S2#4)は、あるものを完全に消した。暗号の「変装」はもっと巧妙だ——消さずに、衣装を替える。事実はそこにある。しかし別の名前を着ている。
「眺望良好」は高層階の話であり、全戸の話ではない。「日当たり良好」は南向きの部屋の話かもしれない。物件の一部の特徴を、物件全体の特徴として提示する。
「高級住宅街」は不動産公正取引協議会が禁止している。根拠なく「高級」は使えない。しかし「邸宅街」なら使える。規制の抜け穴を通るための言い換え。マンションポエム#1で「規制がポエムを生んだ」と書いたが、暗号も同じ力学で生まれている。
正直に言う。私は「閑静な住宅街」を書いたことがある。
担当した物件は、最寄駅から徒歩22分だった。坂もある。コンビニまで800メートル。営業担当に「何かいいところはないですか」と聞いたら、「静かですね」と言った。
静か。確かに静かだ。なぜなら何もないからだ。
しかし「何もないです」とは書けない。「駅から遠いです」とも書けない。だから「閑静な住宅街」と書いた。嘘はついていない。実際に閑静だ。しかしなぜ閑静なのかは書かなかった。
暗号は嘘ではない。しかし真実の全部でもない。真実の一面だけを選んで光を当てる技術——それが不動産広告の暗号だ。
マンションポエムの四原理(補填・翻訳・蒸発・消去)に暗号はどう位置づけられるか。
補填は無から有を作る。消去は有を無にする。変装は有のまま、別の有に見せる。四原理には収まりきらない、第五の操作かもしれない。
補填:0 → 1(ないものを足す)
消去:1 → 0(あるものを消す)
変装:A → B(あるものを別のものに見せる)
次回は「距離の暗号」——不動産広告で最も精密に作られた暗号体系に踏み込む。