核は強い。倒す空き地が無いから手で壊すという判断、破片を内側へ落とす技術、煙の通り道を瓦礫の落ちる道に転用する逆転、そして低くなる筒を段数で数える目。この四つは、この語り手にしか書けない。問題は、書き手がその四つを信用せず、頭を「消えゆく昭和」で開け、結びを主題の直叙と自己赦しで閉じてしまっていることだ。手壊しは、上から下へ向かう一方向の工程である。その順番こそが主題なのに、語りの順番が緩い。職業エッセイは、工程の順で嘘をつくと全部が嘘に見える。
「消えゆく昭和の象徴のような銭湯が、また一軒店を閉めた。」
一行目で、いちばん安い既製品の額縁を掛けてしまっています。「消えゆく昭和の象徴」は、廃業した銭湯を扱うどのエッセイの冒頭にも貼れる汎用シールで、レイゼイハクである必然がない。この語り手の入口は感慨ではなく依頼です。桜の散ったあとに電話が鳴った、現地を見に行った、それだけで始めればいい。銭湯文化の喪失を冒頭で安売りした瞬間、以後の正確な工程描写まで「叙情のための背景」に見えてくる。
「寂しいことなのかもしれない。」「私はたぶん、自分の仕事をまっとうできたのだと思う。」「それを教えてくれた気がした。」
手壊しは判断の連続です。倒せるか倒せないか、外へ落とすか内へ落とすか、今日は何段崩すか。すべて断定で決めて、決めたとおりに刃を入れる職業です。その人物の回想が「かもしれない」「たぶん」「気がした」で薄まるのは、慎重な現場人の口ぶりではなく、断言を避ける作者の保険に見える。とりわけ「まっとうできたのだと思う」は、自分の仕事を自分で採点する弱さで、この語り手なら段数を言って終わるはずです。
「登る仕事ばかりが煙突工だと思われがちだが、壊すのもまた、煙突工の仕事なのだ。」
エッセイの主題を、そのまま主題文として書いてしまっています。これは要約であって、エッセイではない。「建てた者がいて、使った者がいて、最後に下ろす者がいる」も同じで、本文がすでに示したことを抽象語で言い直すたびに、本文の値打ちが下がっていく。「壊すのも仕事だ」と言わずに、最後の一段を外す手の動作だけを書けば、読者が勝手にそう思う。意味は動作が運ぶ。解説が運ぶのではない。
「ぽっかりと空が広がっていた。あんなに高いものが、あったはずなのに。空は、ずいぶん広かった。」
更地の空の広さ、という着地そのものは悪くない。ただ「あんなに高いものが、あったはずなのに」と詠嘆を足し、さらに次の段で「空の広さが、それを教えてくれた」と意味づけまでして、二重に回収している。観察を一度書いたら、語り手は黙るべきです。空が広い、と検査の数字の手前で一言置けば足りる。広さに意味を持たせた瞬間、それは観察ではなく演出になる。
「高いものは、登ってきた順とは逆の順で、ゆっくり地面に戻っていく。」
これは良い一文で、この稿の背骨になり得る。なのに本文は、調査・足場・ハツリ・搬出・挨拶・低くなる・最後の一段、と工程を順に並べた説明書に近い。「逆の順」を背骨にするなら、語りも上端から地面へ一方向に降ろすべきで、近隣挨拶と養生(周辺対応)は、ハツリの音が出る前に置かないと順序が前後する。背骨の比喩を冒頭で言い切ったのだから、構成でそれを裏切ってはいけない。
「煉瓦を数十センチずつ崩していく。」「昨日より作業床が下にある。」
「数十センチ」は幅が広すぎて、見た人間の言葉になっていない。実際にハツリをした人間なら、一日に下がる段数か、煉瓦の段の厚み(一段で何センチか)で言うはずです。「作業床が下にある」も観念で、リング足場は段ごとにばらして下げる作業を伴うのだから、朝いちばんに何をするか(最上段の足場を一段外す、など)が出るはずです。落とした破片が内側の闇に消える音、底の搬出口から出てくる煉瓦の角の欠け方——指と耳が覚えているものが、まだ書かれていない。
「囲まれていたはずの煙突の頂が、急に手の届く高さの相棒になった。」
足場が組み上がって頂部が手の届く高さになる、という観察は正確で良い。だが「相棒」で擬人化した瞬間、安い。これから壊す相手を相棒と呼ぶのは、感傷の先取りでもある。手の届く高さになった、で止めればいい。この語り手の強さは、対象を擬人化せず、構造物として最後まで見られるところにある。デビュー作で煤を「風の地図」として読んだ目を、ここでも貫くべきです。
残すべきは四つ。倒す空き地が無いという手壊しの判断、破片を内側へ落とす技術、煙の道を瓦礫の道に転用する逆転、低くなる筒を段数で数える目。削るべきは、冒頭の「消えゆく昭和」、留保語尾、最終段の「壊すのも仕事だ」という主題解説、空の広さへの二重の意味づけ、「相棒」の擬人化。改稿では、冒頭を「逆の順」の一行から始め、語りを上端から地面へ一方向に降ろすこと。近隣挨拶と養生はハツリの音が出る前に置く。更地の空は、検査の数字の手前に一言だけ。意味は工程の順が運ぶ。語り手が運ぶのではない。