レイゼイハク(60歳・煙突工38年)
消えゆく昭和の象徴のような銭湯が、また一軒店を閉めた。その煙突を下ろしてくれと頼まれたのは、桜の散ったあとだった。建てるのは数日、壊すのは数週間。高いものは、登ってきた順とは逆の順で、ゆっくり地面に戻っていく。
まず見積もりの現地調査に行った。煙突は煉瓦造りで、高さは二十メートルほど。問題は周りだった。三方を民家が囲み、裏は細い路地一本きり。重機で倒すには、倒す先の空き地がいる。ここにはそれが無い。倒せないなら、手で壊すしかない。手壊しという。上から少しずつ崩して、地面まで下ろしてやる工法だ。私は煙突を見上げて、これは手壊しですね、と言った。
足場を組むところから始まる。煙突を囲んで、外側にリング状の昇降足場を立てる。筒のまわりを鉄の輪が何段にも巻いて、上へ上へと伸びていく。いちばん上には作業床を組む。ここが、これから何週間も私の立つ場所になる。組み上がった足場の天辺に立つと、囲まれていたはずの煙突の頂が、急に手の届く高さの相棒になった。
ハツリの日々が始まる。ハツリというのは、構造物を削り壊すことだ。上端から、煉瓦を数十センチずつ崩していく。コツは、破片を外へ落とさないことだ。外は民家と路地だから、一かけらでも下へ落とせば事故になる。だから破片はすべて、煙突の内側へ落とす。筒の中は、もともと煙の通り道だ。その空洞を、いまは瓦礫の落ちる道として使う。煙の代わりに、煉瓦が落ちていく。
内側に落とした瓦礫は、底から搬出する。煙突の根もとには、もともと焚き口につながる穴がある。そこを搬出口にして、中に溜まった煉瓦を掻き出す。上で崩した分が、内側を通って、下の口から出てくる。一本の筒の中を、煉瓦が上から下へ移っていくだけの、単純な道だ。崩す者と運ぶ者が、筒の上と下で同じ一本を共有している。
音と埃の仕事だから、近隣への挨拶は欠かせない。工事の前に、三方の家を一軒ずつ回って頭を下げる。煙突のまわりには養生シートを巻き、粉塵が路地へ飛ばないように囲う。ハツリの音は、朝から夕方まで続く。うるさくして申し訳ない、と思いながら、それでも刃は止められない。壊す仕事には、壊す音がついてくるものなのだ。
煙突は、毎日少しずつ低くなっていく。朝、足場を登ると、昨日より作業床が下にある。町の人が見上げてきた目印が、一日に数十センチずつ消えていく。長年あの煙突を見て暮らしてきた人には、寂しいことなのかもしれない。だが私は感傷では仕事をしない。今日は何段崩した、明日は何段、と数えていくだけだ。低くなった分が、私の進んだ分だった。
そうして最後の一段になる。地面と同じ高さまで来た煙突は、もう煙突ではない。地面に描かれた煉瓦の輪だ。その輪を崩して、ならして、跡地にする。検査の日、更地に立つと、煙突のあった場所の上に、ぽっかりと空が広がっていた。あんなに高いものが、あったはずなのに。空は、ずいぶん広かった。
登る仕事ばかりが煙突工だと思われがちだが、壊すのもまた、煙突工の仕事なのだ。建てた者がいて、使った者がいて、最後に下ろす者がいる。その最後を引き受けるのが私だった。低くなっていく筒を見送りながら、私はたぶん、自分の仕事をまっとうできたのだと思う。空の広さが、それを教えてくれた気がした。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。