リンメイファ(台湾出身、東京在住)
五年前の七月、東京に来て三ヶ月目の夜、私は台所の椅子に座って泣いていた。新しい言語、新しい仕事の仕組み、料理教室の開業準備、慣れない日本の簿記、台湾時代の奨学金の残額、家賃、ビザ、それから台湾の父が前月に受けた心臓のカテーテル検査の結果。全部が同時に頭の中で鳴っていて、どれから手をつけていいか分からなかった。
妹のメイリンが、隣の部屋から私の泣き声を聞いて、台所に来た。彼女は何も言わず、私の正面に座った。それから立ち上がって、自分の部屋からA5サイズの大学ノートと、青いゼブラのボールペンを持ってきた。ノートはまだ半分以上余っていて、表紙の角が少し折れていた。
メイリンは私に「何が頭にあるか、全部言って。順番はどうでもいいから」と言った。彼女の声は低くて、慰めるような響きはまったく無かった。仕事を一緒にする時の声に近かった。
私は泣きながら、思いつくままに口にした。メイリンは私の言うことを、一つずつ短い言葉にしてノートに書いた。彼女の筆圧は強く、青いインクが紙の裏まで透けていた。
書き出された順は、こうだった——
父のカテーテル結果
家賃 8月分
ビザ 在留期間 9月まで
料理教室 9月開講 生徒 0
奨学金 台湾元 12万元
日本語 帳簿用語 わからない
六行だった。メイリンはペンを置いて、ノートを私の方に押し出した。
「これだけ?」と彼女は聞いた。
私は涙を拭きながらノートを見た。頭の中で何百個もあったように感じていた心配が、六行で全部書けていた。書かれた六行は、頭の中の塊の総量と、明らかに違うサイズだった。
メイリンは六行のうち三行を、丸で囲んだ。父のカテーテル結果、ビザ、奨学金。
「これは、お姉ちゃんが今夜何やっても変わらない。今夜は触らない」と彼女は言った。それから残りの三行——家賃、料理教室、日本語の帳簿用語——を四角で囲んだ。「これは明日触れる。一個ずつ、一番小さなことから」。
「家賃 8月分」の横に、彼女は「明日 振込」と書き足した。「料理教室 9月開講 生徒 0」の横に、「明日 SNS 投稿一本」と書いた。「日本語 帳簿用語 わからない」の横に、「明日 本屋に行く」と書いた。
私はその瞬間、ローマの誰かが言ったという言葉を思い出していた。「私たちを傷つけるものよりも、私たちを怖がらせるものの方が多い」。台湾にいた頃に大学の教養で習った、たぶんセネカという人の言葉だった。教養の試験のためだけに覚えた言葉が、東京の台所の椅子で、急に意味を持って戻ってきた。
私はそれをメイリンには言わなかった。言ったら、メイリンは「お姉ちゃん、難しい話はあとで」と言って、ペンに戻ったはずだ。
父のカテーテルは異常なしだった。ビザは更新できた。奨学金は四年かけて完済した。料理教室は今、月に三十人の生徒さんが通う。日本語の帳簿用語は、税理士さんに教わって、半年で慣れた。丸で囲まれた三行のうち、二行は私の手の届かない場所で勝手に解決し、一行は時間が解決した。四角で囲まれた三行は、明日からの私の動作が、月の単位で解決した。
メイリンが書いたA5のノートのページは、私がそのまま破って、冷蔵庫の側面にマグネットで貼ってある。五年経って、青いインクは少しだけ薄くなった。紙の四つ角は、丸まってきている。
今でも、考えすぎが頭の中で渦を巻き始めた夜、私は冷蔵庫の前に立って、その紙を見る。書かれている六つの心配は、もうどれも解決している。けれど、新しい六つの心配が、いつでも別の紙を待っている。
メイリンは今、出張で札幌にいる。今夜、私の頭の中で渦を巻いている心配を、書き出してくれる人はいない。私は自分でノートを出して、青いゼブラのボールペンを手に持った。メイリンが五年前に使ったのと同じ型のペンを、私もずっと使っている。
書き出された五つの心配のうち、丸で囲むべきものと、四角で囲むべきものを、私は自分で決めなければならない。書きながら、私はメイリンの声を頭の中で聞こうとした。メイリンは慰めない。仕事の声で「これだけ?」と聞く。
私は紙を冷蔵庫には貼らずに、机の引き出しに入れた。明日の朝、もう一度開いてみる。それで、今夜は寝ることにする。