タカハシセイイチ(家計アドバイザー)/『お金の慣用句 — 直観と複利のあいだ』#3
社会人2年目の青年がカウンターの向こうでペンを止めている。机の上には5択10問のリスク許容度アンケート。「相場が20%下落したらあなたはどう感じますか」「投資の経験年数は」。彼は私の顔を見て言った。「これ、どれが正解ですか」。私はにっこり首を横に振り、「正解はありません。リスク許容度は人それぞれですから」と答えた。これで一日に四回目の「人それぞれ」だった。
表で言われていること——年齢、年収、家族構成、投資経験、価格変動への耐性。十問ほどに答えてもらい、点数を集計し、安定型/中立型/積極型などのバンドに分類して、それに合った商品の組み合わせを提案する。「あなたに合わせて選んだ」という形が出来上がる。金融商品取引法の適合性原則も、こうした聴取の上に成り立っている。
「人それぞれ」の宛先——この一文は、宛先が客の側にしかない。リスクの量も、商品の選び方も、最後の判断も、すべて客の性格に紐づけて返される。アドバイザーの役割は、性格を計測する係になる。計測係は、計測結果が外れても「あなたの性格に合わせた結果ですから」と返せる。判定の正しさを問われない位置に、立ち位置が移っている。
性格は数式に乗らない——身長や年収なら数式に乗る。性格は乗らない。乗らないものを5択10問に押し込むと、数値の体裁だけが残る。体裁が残ると、根拠を問われたときに「アンケート結果に基づいています」と答えられる。問われた側は、答えを返したように見えるが、何も答えていない。評価の基準がない場所に、評価の語彙だけが置かれている。
静的な名詞、動的な事実——「リスク許容度」は名詞だ。名詞は、属性が固まっているかのように振る舞う。実際には、相場が3割下げた朝に初めて自分の許容度を知る人が大半で、それまでは推定値しか持っていない。動く事実を、動かない名詞で固定する。固定した瞬間に、相談の言葉から、市場の上下動が抜ける。
計測係の自分——窓口に戻る。私は毎月この用紙を配り、回収し、結果を入力し、「あなたは中立型ですね」と告げている。告げている相手の半分は、6か月前に同じ質問に違う答えを書いている。前回と今回でバンドが動いた人もいる。動いた理由を聞いたことはない。聞かない代わりに、私はその場で新しい商品の説明に入っている。
下落の朝にしかわからないこと——2020年3月、リーマンの2008年秋、相場が縦に落ちた朝の記憶を、客と一緒に思い出すことがある。あのとき電話をかけてきた人と、かけてこなかった人がいた。アンケートで積極型と出ていた人が真っ先に電話をくれた。安定型の人は黙っていた。事前のバンドと、当日の挙動は、私が思っていたより一致しなかった。
言い換えてみる——「リスク許容度は人それぞれ」を、責任の所在を戻して書き直すと、「あなたの性格は私には測れない、にもかかわらず私はその測定に基づいて商品を売っている」になる。長くて売り場では使えない。短く言うと客に売れる。短さが、責任を客に押し戻す動きを覆っている。
青年に戻る——青年は結局、真ん中の選択肢ばかりに丸をつけて帰った。集計すると中立型に出た。私は「中立型ですね」と告げ、いくつかのバランス型ファンドを並べて見せた。彼は「じゃあそれで」と言って帰った。私が彼に渡したのは、商品ではなく、性格の判定書だ。判定の根拠を尋ねられたら、私は今日も「アンケートに基づいています」と答える。
——補記:この第一稿は公開後に辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。3稿を並置しています。