たこ焼きの味が変わる
——文化祭当日

サカモトミユ

文化祭に行った。タケウチのクラスがたこ焼き屋をやってた。たこ焼きを食べた。おいしかった。

おいしかったんだけど、おいしかった理由がたぶん、たこ焼きの味じゃない。

壁のスローガン

ユイと一緒にタケウチのクラスに入った。教室の入り口に模造紙が貼ってあって、「たこ焼き 100円」って書いてあった。安い。

で、奥の壁にスローガンが貼ってあった。

中身は書かない。前に書いたとおり、タケウチが「うちのクラスの言葉だから」って言って秘密にしてるやつだから。

ユイは「なにあれ」って言った。ふつうの人はそう思う。スローガンなんて壁に貼ってあっても誰も読まない。読んでも3秒で忘れる。

でも私は読んだ。読んで、あのHRを思い出した。45分かかったこと。タケウチが手を挙げたこと。ヤマモトが「お前が考えろよ」って言ったこと。カドが「去年のスローガン覚えてる人いる?」って言ったこと。

スローガンは同じ文字なのに、あのHRを知ってる人と知らない人で、読めるものが違う。

ユイには模造紙に書かれた文字が見えてる。私には文字の向こう側に、空気が凍った教室が見えてる。同じ壁を見て、同じものが見えてない。

たこ焼き 100円

たこ焼きを買った。タケウチじゃない人が焼いてた。タケウチはどこにいるのかな、と思って探したけど、探してる顔はしなかった。ユイがいるし。

たこ焼きはふつうにおいしかった。ちょっと焦げてた。ソースが甘い。マヨネーズが多い。ふつうの、文化祭の、たこ焼き。

でも食べながら、壁のスローガンが視界の端にあって、あれを揉めて決めた人がこの教室のどこかにいるんだと思ったら、たこ焼きの味がちょっと変わった。変わったっていうか、味以外のものが混ざった。

なに言ってるのかわかんないと思う。私もわかんない。たこ焼きはたこ焼きだし、ソースはソースだし。でもなんか、「この教室で出てきたたこ焼き」っていう情報が、味に上乗せされてる感じ。

「よ」

タケウチがいた。レジのところ。お金を受け取る係。

目が合った。

「よ」

よ。

なんで「よ」なの。もっとあるでしょ。「おー」とか「来たんだ」とか「いらっしゃい」とか。1文字。「よ」。あの「うん」と同じ。一文字しかくれない。

でも「よ」のあとに、一瞬、間があった。口が動きかけて、止まった。何か言おうとして、飲み込んだ。たぶん。

たぶん、というのは、レジにはほかのお客さんもいたし、ユイもいたし、そんなの観察してる場合じゃなかったから。でも見えた。見えたと思う。タケウチが何かを飲み込んだの。

飲み込んだ言葉が何だったのかは、わからない。「スローガン見た?」かもしれないし、「たこ焼きどう?」かもしれないし、全然関係ないことかもしれない。

でも飲み込んだということは、言いたかったということで、言いたかったけど言わなかったということは、言えない理由があったということで。ユイがいたからか。お客さんがいたからか。それとも、ただの「よ」で十分だと思ったのか。

わかんない。でも飲み込む瞬間を見たのは、私だけだと思う。たぶん。

打ち上げの席

文化祭の打ち上げがあった。ファミレス。クラス合同みたいなやつ。

席を選んだ。タケウチの隣。

偶然のふりをした。入り口から入って、「あ、ここ空いてる」みたいな顔をして座った。空いてるのは当たり前で、まだほとんど誰も来てなかったから、どこでも空いてた。でも「ここ空いてる」の顔をした。

タケウチは気づいていない。たぶん。隣に座っても「あ」くらいの反応だった。「あ」。今度は一文字ですらない。半文字。

話した。いろいろ。文化祭の話。たこ焼きが焦げてた話。スローガンの話はしなかった。あの話は二人きりの帰り道の話だから、ファミレスでする話じゃない気がした。

話した内容は覚えている。全部。タケウチが何を言ったか、私が何を返したか、タケウチがドリンクバーで何を選んだか(メロンソーダ。意外)。全部覚えてる。

でもここには書かない。

書かない理由は——なんだろう。書くと、空気が変わる気がする。あのファミレスの、がやがやした中で、隣の席で交わした言葉を文字にすると、なんか、意味が変わっちゃう。ただの会話が「大事な会話」になっちゃう。大事だったかもしれないけど、大事にしたくない。ふつうにしておきたい。ふつうの打ち上げの、ふつうの隣の席の、ふつうの会話。

それが一番いい状態だと、なんとなく思う。

偶然のふり

帰り道のことを思い出す。コンビニの帰りも偶然だった。スローガンの日の帰りも偶然だった。

今回は偶然じゃない。席を選んだ。選んで、偶然のふりをした。

偶然と偶然のふりの違いって、傍から見たらゼロだと思う。どっちも同じに見える。「たまたま隣だった」と「選んで隣に座った」は、座ってる場所が同じなら、見た目は同じ。

でも中身が全然違う。偶然は何も考えてない。偶然のふりは、めちゃくちゃ考えてる。タイミングを計って、顔を作って、「あ、ここ空いてる」を演じてる。

偶然は楽。偶然のふりは疲れる。
でも偶然のふりをしてまで隣に座りたかったことが、たぶん、答えなんだと思う。何の答えかは知らないけど。

「楽しかったー」

打ち上げのあと、駅まで歩いた。ユイと、あと何人か。タケウチはいない。タケウチは別方向。

「楽しかったー」って言った。

嘘じゃない。楽しかった。文化祭は楽しかったし、たこ焼きはおいしかったし、打ち上げも楽しかった。「楽しかったー」は本当。

でも「楽しかった」の中身が、たぶん、ユイと私で違う。

ユイの「楽しかった」は、お化け屋敷が面白かったとか、焼きそばがおいしかったとか、打ち上げで誰々が変なこと言ってたとか、そういうの全部ひっくるめた「楽しかった」。

私の「楽しかった」は——

壁のスローガン。「よ」の一文字。飲み込まれた言葉。偶然のふりをした席。メロンソーダ。書かないと決めた会話。

同じ「楽しかったー」を言ってるのに、圧縮されてる中身が全然違う。ZIPファイルみたいなもので、解凍したら出てくるものが違う。ユイのZIPと私のZIPは、ファイル名が同じで、サイズが違う。

同じ日を過ごして、同じ言葉を言って、同じ駅に向かって歩いてる。
でも今日という日の重さが、隣にいる友達と、たぶん、違う。

羅生門

あとで気づいたこと。

タケウチも同じ文化祭にいた。同じ教室でたこ焼きを焼いて(焼いてないか、レジだったか)、同じスローガンの下にいて、同じ「よ」を言って、同じ打ち上げに来て。

タケウチから見た今日は、どういう日だったんだろう。

たこ焼きが焦げた日。レジでお金を数えた日。クラスの誰かがソースをこぼした日。打ち上げでメロンソーダを飲んだ日。

私がいたことは、タケウチの今日に入ってるだろうか。「よ」の一文字をくれた相手として、ちょっとでも記憶に残ってるだろうか。

たぶん、残ってない。タケウチにとっての今日は「文化祭でたこ焼き屋をやった日」で、私は通り過ぎた客のひとりで、「よ」は反射で出た挨拶で、隣の席は偶然で。

——偶然じゃないのに。

同じ日を、同じ場所で過ごしたのに、日記に書くことが違う。
タケウチの日記に私は出てこない。私の日記にタケウチしかいない。
同じ一日のはずなのに。

たこ焼きの味

翌日、学校で、ユイが「昨日のたこ焼きおいしかったよねー」って言ってきた。

「おいしかったー」って返した。

おいしかった。ほんとにおいしかった。でもユイが食べたたこ焼きと、私が食べたたこ焼きは、同じ鉄板で同じ生地から焼かれた同じたこ焼きなのに、たぶん、味が違った。

ユイはたこ焼きの味がした。私はたこ焼きの味と、それ以外の何かがした。スローガンの味。「よ」の味。飲み込まれた言葉の味。偶然のふりの味。

全部混ざって、ソースの味がよくわかんなくなってた。

たこ焼きは、誰が焼いたかで味が変わるんじゃなくて、誰のことを考えながら食べたかで味が変わる。

100円。安い。でも私にとっては100円以上の買い物だった。何円かは計算できないけど。感情に値段はつけられないし、つけたくもない。

← サカモトの放課後 #4(文化祭の裏側)

このページの記事はAI(Claude)を用いて作成・編集されています。サカモトミユは架空の人物です。