核は強い。番号で三年前の自分の手が盆に並ぶという構図、選別係が珠を見ただけで核入れの癖を言い当てる怖さ、声を上げずに一度だけ珠を回して見る静けさ。この三点は、この職業の人間にしか書けない。問題は、書き手がその三点を信用しきれず、海の恵みや海の日記といった既製の叙情で前後を厚塗りし、留保語尾で逃げ、最終段で主題を自分の口で要約してしまっていることだ。前作のレビューで指摘したはずの癖が、そのまま戻ってきている。職業エッセイは、職業の手つきで嘘をつくと全部が嘘に見える。
「冬になると、海の恵みが籠いっぱいに揚がってくる。」
「海の恵み」は、観光パンフレットと回転寿司の幟の言葉です。十二年貝を開けてきた人間の口からは、まず出ない。揚がってくるのは「恵み」ではなく、付着物で重くなった籠であり、三年分の答えです。実際この直後の段では「付着物にまみれて重い」と正しく書けているのだから、冒頭の一語が借り物だと自分でわかるはずです。導入を“それっぽく”始めようとした生成の癖が出ています。
「海がどんな一年を過ごしたか、珠を見れば書いてある。珠は、海の日記なのだ。」/「すべては海の日記であり、同時に私の手の日記でもある。」
「珠は海の日記」という比喩は悪くない。悪いのは、それを二度、地の文で言い切っていることです。赤潮の年は照りが濁り、台風の年は巻きが薄い——この具体がすでに「海の日記」を完全に語っている。比喩で要約し直すたびに、その具体の値打ちが下がる。しかも最終段では「私の手の日記でもある」と射程を広げて二段構えにしており、解説が解説を呼んでいます。比喩は一度だけ、できれば言わずに具体だけ置いて、読者に言わせるべきです。
「あの春の数十秒が珠になって戻ってくるこの冬を、私はきっとこれからも、賭けの答え合わせとして生きていくのだろう。」
前作の結び「あの春の数十秒が、私をいまの私にしてくれたのだと思う」と、骨格がまったく同じです。「数十秒」を持ち出して人生に接続し、決意の判子で締める。同じ書き手の二作目がこの型を反復したら、それは作家の声ではなく作家の手癖です。しかも「生きていくのだろう」と推量で逃げている。決意を語るなら言い切るべきだし、語らないなら最後の貝一枚を描いて黙るべきです。
「良し悪しは、たぶん見る人が見ればすぐに分かるのだろう。」/「その静けさが、いちばんの褒め言葉だと思う。」
選別の良し悪しを「たぶん」「見る人が見れば」と他人事で語っていますが、語り手は十二年の核入れ士です。テリ・キズ・マキの差を誰よりも見ている当事者が、選別の目を伝聞のように突き放すのはおかしい。「分かる」と言い切れる人間に書かせてください。「思う」「のだろう」が一作を通して多すぎ、断定を避ける作者の保険になっています。職人の回想は、断定で立つものです。
「選別係は、珠を盆の上で転がしながら、テリ、キズ、マキ、形、と等級の言葉でより分けていく。」
等級の語を四つ並べて辞書的に注釈していますが、これは観察ではなく用語集です。本当に選別台の脇に立ったことがある人間なら、盆がどんな色か(テリを見るために選別台は決まった色をしている)、珠をどの方向の光に当てるか、より分けた珠がどの窪みに落ちる音がするか、が出てくるはずです。言葉の定義ではなく、その言葉を使う人の手と目を書いてください。「テリは表面の照り、キズは傷」という同語反復の説明は、読者を子ども扱いしています。
「この筏は核がやや大きかった、この段はピースが厚かった、と、珠の出来から逆算して書きつけていく。」
このエッセイで最も効く道具は反省のメモのはずなのに、書いている中身が一般論で済まされています。前作で「縦長のピースを入れた貝は、核を吐いて空だった」と、自分の固有の失敗を一行で立てたあの強さがここにない。「核がやや大きかった」は誰にでも書ける反省です。三年前の自分のどの癖が、どの番号の珠のどんな歪みになって出たのか——固有名詞と番号で書けば、メモは一気に生きます。
「冷たい海水が手の感覚を奪っていくのに、貝を開ける作業場だけは人いきれで湿っている。外は冬の海風、中は人の熱気。」
温度差の対比は構図としては正しいのに、「外は冬の海風、中は人の熱気」と同じことをすぐ言い換えて二度書いており、対句のための対句になっています。手の感覚が奪われるなら、ナイフを握る指がどう変わるか(かじかんだ指で蝶番を探る、感覚のない指先で貝柱を切る怖さ)まで連れていくのが職業の手つきです。寒暖を風景として描いて止めると、書き割りになります。冷たさは、作業の精度の問題として書いてください。
残すべきは三つ。番号で三年前の自分の手が盆に並ぶ構図、選別係が珠から核入れの癖を言い当てる怖さと有難さ、良い珠への声なき一回しの静けさ。削るべきは、冒頭の「海の恵み」、二度の「海の日記」、決意の判子で締める結び、用語集めいた等級の説明。改稿では、反省のメモに固有の番号と固有の癖を入れ、結びは比喩を言わずに最後の貝か珠の一個を描いて閉じてください。意味は珠が運ぶ。比喩が運ぶのではない。