裏の糸
——シャノンのエントロピー(情報量)の話、「気をつけてね」の中身に縫い込まれて

「気をつけてね」の中身」の背後には、1948年にクロード・シャノンが定式化した情報理論の中心概念がある。情報量とは、メッセージが受け手にとってどれだけ予測不可能だったかの尺度であり、完全に予測可能なメッセージの情報量はゼロである。毎日言われる「気をつけて」は、まさにそれである。

一本目——情報量の定義

シャノンは情報量を次のように定式化した:起きる確率がpの事象が起きた時に得られる情報量は -log p ビット。確率1(必ず起きる)の事象が起きても情報量はゼロ。稀な事象(確率0.01)が起きると、情報量は大きい(約6.6ビット)。この定式化は通信工学・暗号・圧縮・機械学習の基盤になった。

日常言語に置き換えると、「予想通りのこと」を聞かされても、人は新しい知識を得ない。「予想外のこと」を聞かされて初めて、世界の見方が更新される。

二本目——「気をつけてね」の情報量

母が朝に言う「気をつけてね」を、シャノンの定式に当てはめてみる。毎日言われる確率はほぼ1。情報量は -log 1 = 0。言われなかった日にだけ、何か異変があったということを伝える「合図」になる。つまりこの言葉は、字義どおりの情報を運ぶ装置ではなく、「日常が日常通りに続いている」という背景情報を維持する装置である。

本作の母が「情報じゃないから、言うのよ」と答えたのは、シャノンの定義を逆手に取った、深い洞察である。情報量がゼロだからこそ、その言葉は儀礼として、関係性の確認として機能する。言われた側もそれを知っているから、何も返さない。

三本目——情報量ゼロの言葉の役割

言葉には、情報を運ぶ機能と、情報以外を運ぶ機能がある。「お疲れ様」「お世話になっております」「いただきます」——これらは情報量がほぼゼロだが、関係を確認し、場を整え、リズムを保つ。もし全ての発話が高い情報量を要求されたら、人は会話ができなくなる。

言語学・コミュニケーション論では、この機能を交感的機能(phatic function)と呼ぶ。情報伝達ではなく、接触の維持そのものを目的とする。「気をつけてね」は、まさに交感的機能の典型である。シャノンの数式は、その役割を「情報量ゼロ」として正しく描き出している。

補記——シリーズの中での位置

シリーズ「裏の糸」は、専門家には当たり前の概念を、暮らしの言葉で語り直す試み。これまでに経済学(外部性〜シトフスキー、公共財、機会費用、アンカリング)、哲学(テセウスの船)、計算理論(NP困難)、生物学(共進化)などを扱ってきた。本作はそれらに続く一本である。シリーズ全作のリストは カテゴリM から。

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このページの解説文は編集部スクリプトで定型生成されています。シリーズ「裏の糸」続編バッチ2の一本。