シマダ(AI使用法研究者)
三月の終わり、雨の降る金曜の夜、私は本郷三丁目の「燈」というクラフトビールの店に、タカハシを呼び出した。タカハシは大学院時代の同期で、いま核融合炉の数値シミュレーションを研究している。私は文系の研究科を出て、いまはAI使用法の研究をしている。年に二度くらい、こうやって飲む。
カウンター席の奥から二番目、壁にスコットランドの古い醸造所のポスターが貼ってある場所に座った。タカハシはIPAの一杯目を頼んで、私はベルジャンホワイトを頼んだ。彼は最初の一口で泡を半分減らして、「で、今日は何の用?」と聞いた。タカハシはいつもこの聞き方をする。私が誘った夜は、必ず私に話したいことがあるからだ。
「先週、アッテンボローのドキュメンタリーを見た」と私は切り出した。「六十年で生物多様性がどう減ったか、これから百年で何が起きるか。あれを見た後で、子供を持つかどうかって、急に重くなった」。
タカハシは二口目を飲んでから、「シマダ、それは順序が逆だ」と言った。「子供を持つかどうかを決めてから世界の予測を見るんじゃなくて、世界の予測を見たから子供のことを考え始めたんだろ。だったら、予測の方を疑う方が先じゃないかな」。
私は黙った。タカハシの言い方は、彼が学生時代から変わらない。論理の順番を組み直すことで、相手の不安を一段持ち上げて見せる。私はその技法を知っていて、それでも毎回、半分くらいは持ち上げられる。
「で、予測の方を疑うって、どういう意味」と私は聞いた。
「人類は思っているより速く進む。コンピュータの五十年を見てみろ。気候変動も、似た曲線で対策が進む。地球の問題は地球の中で解決できる規模に、いずれ収束する。俺はそう見ている」。
タカハシは二杯目のIPAを頼んで、楽観論の根拠を並べ始めた。核融合炉の点火実証が二〇二〇年代後半に予定通り進んでいること。ペロブスカイト太陽電池の効率がここ五年で十パーセント以上上がったこと。常温常圧の二酸化炭素回収の研究が、今年いくつかの研究室で予想を超える結果を出していること。AIによる材料設計が、これまで人間が数十年かけてきた最適化を、数週間に短縮し始めていること。
並べる時のタカハシの手は、空中で小さく数字を切るような動きをする。学部時代から変わらない癖だ。私はそれを見ながら、彼の声を聞いていた。声には、楽観論者特有の演技がほとんど無い。本当に、毎日それを見て、それで楽観している人の声だった。
私はAIの方の進歩を毎日見ている。タカハシよりは、技術の現場に近いはずだ。それなのに、タカハシほど楽観できない理由がどこにあるか、二杯目の途中で考えていた。
私が見ているのは、ChatGPTが何かを書く時、人間の側のプロンプトが少しずつ短くなり、丁寧さが減っていく現象だ。便利になった分、人間の言語使用が少しずつ均質化していく。タカハシが見ている材料科学の最適化と、私が見ている言語の縮減は、たぶん同じ「進歩の曲線」の表と裏である。技術が速くなった分、人間側の何かが薄くなる。タカハシはその薄くなる側を、計算の中には含めていないのではないか。
「タカハシ、君が見ている曲線と、私が見ている曲線、たぶん同じ現象なんだけど、私の方は、人間が薄くなっていく曲線なんだよ」と、私は言いかけて、言わなかった。
言わなかった理由は、二つあった。一つは、タカハシのIPAがもう温くなりかけていて、彼を引き留めて深い話に持っていくのが、申し訳なかったから。もう一つは、私の観察が本当に正しいか、まだ自分でも確信できていないから。AIが人間の言葉を縮ませる、と私は思っているけれど、それは私の研究の出力をまだ十分に重ねていない段階の仮説だった。確信のない話をタカハシの楽観論の上に被せるのは、私の側の不公平だった。
代わりに、私はこう言った。「AIには、まだできないことが一つだけある。それは、過去のデータの外側にあるものを、人間が初めて紙の上に描いた時の、あの瞬間を再現することだ。タカハシが研究している核融合炉も、最初は誰かが紙の上で初めて描いた。AIは、そこにはまだ手が届かない」。
タカハシは少し考えてから、「それは、まだ、だろう」と言った。「いずれそこも届くと、俺は思うけどな」。
店を出て、本郷通りで地下鉄の方向に歩いた。タカハシは反対方向の研究所に戻ると言って、横断歩道で別れた。彼の背中が、本郷通りの街灯の下で、私の知らない速度で進んでいくように見えた。
地下鉄の駅まで、私は楽観できない自分について考えた。タカハシの楽観論には、隙が無いわけではない。彼が計算に入れていない「人間の側で薄くなるもの」を、私はもう少し言語化できる気がする。けれど、タカハシが見ている技術の進歩の速度は、本物だ。私の懐疑は、その速度を完全には否定できない。
子供を持つかどうかは、今夜も決められなかった。決めなくていい、と自分に許可を出すのでもなく、決めなければならない、と急かすのでもなく、ただタカハシの楽観論を聞いて、私の懐疑を口に出さずに持ち帰った、というだけの夜だった。
家に帰って、研究室から持ち帰った論文の校正用紙を机に広げた。明日からまた、人間が書いた文と、AIが書いた文を、一行ずつ比べる作業に戻る。タカハシは明日、核融合炉のプラズマ閉じ込め時間のシミュレーションを回す。私たちはそれぞれの場所で、それぞれの曲線を見続ける。曲線が交わる場所は、まだどこにも見えていない。