核は強い。通路側の角の擦れと中央の沈みという「座られ方の偏り=観客の地図」、席番の札が工房と劇場を行き来する管理、防炎の証明書の束。この三つだけで一本立つ。問題は、書き手がその三点を信用せず、劇場という場所の手垢のついた叙情で水増しし、最終段で主題を直叙して自分を赦してしまっていることだ。前作で「下の層を見る人間」を獲得したはずの語り手が、今作では「舞台を支える」という安い位置に降りてしまっている。職業エッセイは、職業の手つきが緩むと全部が嘘に見える。
「それでも、座られ続けるのが椅子なのだ。座られて、へたって、また誰かに張り替えられる。見えない層を作る人間の仕事は、そうやって、客席の暗がりのなかで続いていくのだと思う。」
エッセイの主題を、そのまま主題文として書いて終わっています。「座られ続けるのが椅子なのだ」は、本文の摩耗と札の描写がすでに全部運んでいた内容を、わざわざ抽象語で言い直した回収であり、読者の余白を作者が先に埋めている。「見えない層を作る人間の仕事は……続いていく」は前作の自己規定の焼き直しで、どの職人エッセイの末尾にも貼れる汎用シール。せっかく「次の張り替えは何年か先」という具体の時間を出したのだから、説明はそこで止めるべきです。
「舞台の上で何が演じられるかは、私には関係がない。私が作るのは、その芝居を支える、客席の座り心地のほうだ。表の幕が上がる前に、私たちの幕は下りている。」
「芝居を支える」「私たちの幕」は、劇場ものなら誰でも一度は書く既製の叙情装置です。幕・舞台・縁の下、という安い対句で「文学的な裏方」を調達している。この語り手の強みは前作で示した「布をめくった下の層」の即物性のはずで、ここで必要なのは比喩の幕ではなく、客席に立ったときに目に入る具体(ビス頭の錆、肘掛けのニス、非常灯の緑)です。雰囲気が人物より先に立っており、生成された“それっぽさ”の典型。
「最後は炎から守る層でもあるのだと思う。」「客席は、観客の地図でもあった。」「客席の暗がりのなかで続いていくのだと思う。」
二十五年、密度の数字で沈みを設計してきた職人は、断定で生きている人間です。前作のレビューでも同じことを指摘した。「〜のだと思う」は、ウレタンを二〇ミリと言い切ってきた手つきと矛盾する、断言を避ける作者の保険に見える。とくに防炎の段の「炎から守る層でもあるのだと思う」は致命的で、証明書を一枚ずつ確認した人物なら、ここは「思う」ではなく「守る」と言い切れるはずです。
「燃えにくい繊維で織られ、試験を通り、番号の入った証明が一枚ずつついてくる。」
「燃えにくい繊維」「試験を通り」は概念であって観察ではない。本当に証明書の束を確認した職人なら、具体が一つ出るはずです——防炎ラベルの登録番号の桁、消防法の区分(カーテンとは別扱いの座席布)、ロットごとに切り取って保管する小片のこと。「番号の入った証明」と言うだけで、その番号が何の番号かを書いていない。職業の論理が抜けているので、防炎の段がただの“真面目アピール”に見えます。
「中央のいい席ほど、座面の真ん中が深く沈んでいた。長く座られた席ほど、へたっている。」
このエッセイのいちばんの強みが、ここでいちばん雑です。「長く座られた席ほどへたっている」は当たり前の説明で、観察ではない。剥がしたあなたが本当に見たのは、もっと固有の偏りのはずです——前から三列目だけ妙にきれいなのは見えにくい席だから、上手側の通路席は遅れて入る客が腰掛ける角度で擦れる、子ども連れの多い回の名残で座面の前縁だけ汚れている。摩耗の地図を「観客の地図」と要約せず、一つの席の具体で見せれば、要約はいらない。
「誰も座り心地のことなど考えていない。それでいい。良い椅子は、座っていることを忘れさせる椅子だ。」
「良い椅子は、座っていることを忘れさせる椅子だ」は箴言の形をした解説です。満席の客が何も言わずに座っていく、というあなたの描写がすでにそれを言い切っている。同じ内容を格言に言い直すたびに、客が黙って座る一行の値打ちが下がる。前作で親方の「布は引いて消すんじゃない。逃がして消すんだ」を一言で効かせたあなたが、今作では自分でオチを解説してしまっている。
「気の遠くなる段取りだが、工程表は一日刻みで組んである。」
「気の遠くなる段取り」は、引っ越しにも、棚卸しにも、どんな大仕事にもそのまま置ける汎用句です。数百脚・休館数週間という規模を出したのだから、規模は数字と工程そのものに語らせればいい——何列を一日で外し、何脚を工房に積み、トラックが何往復したか。「気の遠くなる」と書いた瞬間、読者は脚数を忘れます。
残すべきは四つ。通路側の角と中央の沈みという座られ方の偏り、防炎証明書の具体(番号と保管小片)、外せる座面と外せない框の仕分け、席番の札が一枚でも狂えば座った体が気づくという一文。削るべきは、「舞台を支える/私たちの幕」の叙情装置、「〜のだと思う」の留保語尾、「良い椅子は座っていることを忘れさせる」「座られ続けるのが椅子なのだ」の主題直叙。改稿では、摩耗を一つの席の固有の偏りで見せ、防炎を登録番号の桁で押さえ、結びは満席の客が黙って座る動作で止めること。意味は動作が運ぶ。説明が運ぶのではない。