シオミタクマ(45歳・河川の水門管理員23年)
水門管理員の夏は、その大半が草刈りである。門を閉める夏はめったに来ない。だが草は毎年、ひと月で人の背丈を越える。堤防の斜面、水門の周り、操作盤へ続く通路。私は夏のあいだ、刈払機を担いでいる時間のほうが、水位計の前にいる時間より長い。
就いて五年目まで、私はこの草刈りを雑用だと思っていた。水位を見て門を開け閉めするのが本来の務めで、草刈りはそのついでだと。先代は「草刈りも点検のうちだ」と言った。意味は分からなかった。分からないまま、私は刈っていた。
朝五時に始める。露があるうちは草が刃に貼りつくが、陽が高くなってからでは斜面で倒れる。長靴の中まで露が入り、腿が冷たい。混合燃料は五〇対一。ガソリンとオイルを、毎朝、空き缶のへこみを目盛りにして自分で作る。比率を間違えれば、その日のうちに焼きつく。数字を間違えると機械が止まるのは、水位計と同じだ。
斜面では、足の置き場がすべてだ。下側の足を踏ん張り、刃を体から遠い側へ振る。チップソーは指ほどの茎も一息に切るが、石を噛めば刃が欠けて跳ねる。刈っている最中は、自分の刃の音をずっと聞いている。一定の唸りが急に高くなれば、空回り。鈍く詰まれば、太い茎か、石だ。
蜂は、エンジンを切った直後の数秒に聞く。刈っているあいだは羽音など聞こえない。だから決めた区画を刈り終えるたび、私はエンジンを切って、数秒、立つ。低くこもった唸りが地面から残れば、その下に巣がある。去年、操作盤の通路で一度だけ、切った直後に足元から音が湧いた。あと三歩で刃が届いていた。巣の場所は、その日の作業日報の余白に、図にして残す。今年そこにあるとはかぎらないが、去年あった場所からは、まず始める。
刈った草は、乾けば火の元、濡れれば腐って斜面に貼りつく。集めて、決められた仮置き場まで運ぶ。運び終えて軍手を外すころには、もう陽が高い。猛暑の日は、その前に切り上げる。「税金で草刈りか」。去年、犬を連れた男が、刈った草を運ぶ私の背中に一度だけそう言った。返す言葉はなかった。私は、見た目のために刈っているのではないからだ。
草を刈ると、その下の地面が出る。堤防のひび割れも陥没も、茂みの下に隠れている。刈らなければ、誰の目にも入らない。去年そう言った男にも、見えてはいなかったはずだ。その夏、刈り終えた法面に、握りこぶしほどの陥没があった。前の年の写真にはない。私はしゃがんで、巻尺を当て、深さを測り、写真を撮って、報告書に添えた。陥没の脇には、刈り残した草が一束、まだ濡れて立っていた。
「草刈りも点検のうち」。先代はそれ以上、説明しなかった。私も、ここで言い直さない。報告書に書いたのは、何月何日、左岸何メートル地点、陥没、径十センチ、それだけだ。水位計の前で書く一行と、同じ書き方だった。今年もまた、朝五時に始める。露で、長靴がまた濡れている。