シオミタクマ(45歳・河川の水門管理員23年)
水門管理員の夏は、その大半が草刈りである。門を閉める夏はめったに来ないが、草は毎年かならず伸びる。堤防の斜面、水門の周り、操作盤へ続く通路。放っておけば、ひと月で人の背丈を越えてしまう。私は夏のあいだ、ほとんど刈払機を担いでいると言ってもいい。
就いたばかりの頃、私はこの仕事をどこか軽く見ていたのだと思う。水位を見て、門を開け閉めするのが本来の務めで、草刈りはそのついでの雑用くらいに考えていた。先代は違った。「草刈りも点検のうちだ」と、口癖のように言っていた。当時の私には、その意味がよく分からなかったのかもしれない。
夏の早朝、堤防に立つと、蝉時雨が四方から降り注ぎ、朝露に濡れた草が足元できらきらと光っていた。刈払機のエンジンをかけると、その静けさが一瞬で破れる。混合燃料の匂いが立ちのぼる。私はこの匂いを嗅ぐと、ああ夏が来たのだな、と毎年思うのだった。
刈払機には、混合燃料を使う。ガソリンとエンジンオイルを混ぜたもので、その比率を間違えると、機械はすぐに焼きつく。斜面では、足の置き場がすべてだ。下側の足を踏ん張り、刃を自分の体から遠い側へ振る。チップソーは硬い茎も一息に切るが、石を噛めば刃が欠け、跳ねる。斜面の草刈りは、平地の何倍も気を遣う作業なのだ。
夏に怖いのは、暑さよりも蜂だ。茂みの中に巣を作られると、刈払機の風圧で一斉に出てくる。私は刈る前に、かならず耳を澄ます。蜂の巣は、見るより先に音で気づく。低い、こもったような羽音がする場所には、近づかない。どこに巣があったかは、毎年、手帳に書きとめておく。去年の場所に、今年もあるとはかぎらないけれど。
刈った草は、そのままにはしておけない。乾けば火の元になるし、雨が降れば腐って斜面に貼りつく。集めて、決められた場所まで運ぶ。猛暑の夏は、作業時間そのものを組み替える。朝五時に始めて、陽が高くなる前に切り上げる。露で草は重いが、その時間がいちばん安全に刈れる。
通りがかりの人は、二通りの言葉をかけてくる。「ご苦労さま」と言ってくれる人。それから、「税金で草刈りか」と言い捨てていく人。後者を言われると、やはり少し、こたえる。けれど私は、見た目を整えるために刈っているのではない。草を刈ると、その下にあるものが、初めて見えるのだ。
堤防の異常——ひび割れや、陥没——は、たいてい草の下に隠れている。茂ったままでは、誰にも見えない。刈って、地面が露わになって、はじめて堤防は自分の異常を見せてくれる。その夏、私が刈り終えた法面に、去年はなかった小さな陥没があった。直径にして、握りこぶしほど。私はしゃがんで、それを写真に撮り、報告書に添えた。
「草刈りも点検のうち」。先代の言葉の意味が、ようやく腑に落ちたのは、就いてから数年が経った、あの陥没を見つけた夏だったように思う。草を刈るのは、堤防の声を聞くためだったのだ。見た目のためではない。これが、この仕事なのだ。私は今年もまた、朝五時の露の中で、刈払機を担いでいる。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。