シシドノドカ(37歳・牛の削蹄師15年)
大人の牛は枠場を知っている。月に一度、二月に一度、私の鎌の下を通ってきた牛は、枠に入ればもう諦めた顔で立っている。けれど子牛は違う。育成牛の最初の削蹄は、いつも、その子にとって生まれて初めての保定だ。
朝の牛舎は、いつものように牧歌的な光に満ちていた。酪農家が引いてきたのは、まだ生後一年に満たない育成牛だった。耳には黄色い耳標。番号だけで呼ばれる、名前のない子だ。枠場の入口に立たせると、その子は四本の足を踏ん張って、後ずさりした。怖がっているのが、首の振り方で分かった。
大人の牛なら、ベルトを腹に回した瞬間に力を抜く。子牛は逆だ。吊られた途端に暴れ、目を白くして鳴いた。私はその足をロープで引き上げながら、低い声で「大丈夫だ」と言い続けた。言葉が通じないのは分かっている。それでも、声の調子だけは伝わるのではないかと思う。やがてその子は、観念したように動かなくなった。
育成牛の蹄は、柔らかい。大人の牛の角質が乾いた木だとすれば、子牛のそれは、まだ水気を含んだ若木のようだ。鎌がよく通る。よく通るぶん、削りすぎる。一削り多いだけで、子牛の蹄はあっという間に薄くなる。私は鎌を入れるたびに、指の腹で蹄底の厚みを確かめた。削りやすさは、そのまま危うさでもある。
子牛の蹄を整えるのは、いま伸びすぎているからではない。これから先のためだ。曲がって伸びた蹄をそのままにすると、子牛は曲がった角度で体重を受け続ける。柔らかい関節は、その角度のまま固まっていく。成牛になってから歪んだ肢勢は、もう治らない。だから子牛の削蹄は、治療ではなく予防なのだと思う。
酪農家が言った。「この子はまだいいべ。蹄なんて、たいして伸びてねえ」。私はグラインダーを止めて、その子の前肢を見せた。「見てください。内と外で、もう高さが違ってきてます。いま整えれば真っ直ぐ立てる。放っておくと、二歳で蹄が外を向きます」。説明の仕方は、親方から習った。原因と、その先の話までしないと、人は動かない。
番号で呼ばれる子牛たちにも、蹄を見れば個体差がある。同じ牛舎で同じ餌を食べていても、生まれつき内股気味の子がいる。蹄の伸び方が左右で違う子がいる。耳標の数字は管理のための記号にすぎないけれど、私の鎌の下では、その子はもう一頭の、唯一の牛だ。蹄だけが、その子の歩き方の癖を私に教えてくれる。
削り終えて枠から出すと、その子は最初ほど怖がらずに歩いていった。次に私が来るとき、この子は二回目になる。最初の削蹄を嫌がらずに終えられた子は、次も楽だ。逆に、最初に痛い思いをした子は、枠場を見ただけで暴れるようになる。牛も人も、最初の経験が、その後のすべてを決めてしまうのかもしれない。
子牛の最初の削蹄は、その牛の一生の歩き方を方向づける、いちばん大切な仕事だ。最初の経験が一生を決めるのだ。私はいつも、子牛の足を持ち上げるとき、その子のまだ見ぬ何年かを思う。柔らかい蹄に鎌を入れるたび、私は予防という名の祈りを、その子の足元に置いているのだと思う。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。