核は強い。降りてくるゴンドラを一台ずつ待って扉を開け閉めする巡回、輪の重さを支える油の膜一枚、外から見れば光の輪・中に入れば配線とソケットの鉄骨、そして頂上から見る保安灯だけの園。この四つは、この人にしか書けない。問題は、書き手がその核を信用せず、「ロマンチック」「美しい夜景」といった既製の観覧車像で場面を包み、最終段で「ゆっくり」を三回唱えて主題を解説してしまうことだ。前作のコースターで身につけたはずの、断定と具体の手つきが、ところどころ留保語尾に戻っている。ゆっくりな機械を書くのに、文章のほうが急いで結論へ走っている。
「いちばんゆっくりな機械の世話をすること、それが観覧車を整備するということなのだ。昼の歓声を支えているのは、この夜の、長い世話なのだと思う。」
エッセイの主題を、主題文としてそのまま書いてしまっています。「ゆっくりだからこそ」を直前で三回畳みかけ、最後に「〜ということなのだ」と判を押す。これは前作の批評でも指摘されたはずの型です。読者は巡回も油膜も骨組みも、もう本文で見ている。意味は、降りてくるゴンドラを待つ動作がすでに運んでいる。締めは「今夜も私は、降りてくるゴンドラを、一台ずつ待っている。」の一行で足りる。その前の解説二文が、せっかくの一行の値打ちを下げています。
「ロマンチックに見える大きな輪の裏には、夜どおしの点検がある。」
「ロマンチック」は、観覧車を語るときに誰でも最初に手に取る既製品です。この整備士は、観覧車を恋人たちの装置としてではなく、自転車の車輪の巨大版・油膜で支える車軸として見ている人物のはず。その人の口から「ロマンチック」が出た瞬間、語り手が観光案内のナレーションに乗っ取られる。同じ第四段の「外から見れば、観覧車はきらきらと美しい。」の「きらきらと美しい」も同類で、直後の「配線とソケットの並んだ、ただの鉄の骨だ」という強い具体を、自分で薄めてしまっています。
「なんだか不思議な気持ちになるのかもしれない。」/「あの大きさは、強さではなく、むしろ弱さの形なのだと思った。」
前作の批評で一度片づいたはずの病が再発しています。グリスを差す手は「かもしれない」では動かない。油膜一枚で重さを支えていることを、この人は不思議がるのではなく、知っている。断定してよい。一方「弱さの形なのだと思った」のほうは、観察としては鋭い——だが「思った」で閉じると感想になる。風速基準を超えてゴンドラが流れる、その具体に語らせれば、「弱さの形」と書かずとも弱さは伝わります。
「うちの観覧車はゴンドラが何十台もあって、一周させて全部の扉を一度ずつ確かめるのに、けっこうな時間がかかる。」
「何十台」「けっこうな時間」は、台帳をつけている人間の言葉ではない。前作では車輪を「一編成で四十個を超える」と数えていた人です。ゴンドラの台数を数えられないはずがない。何台で、一周に何分かを書けば、夜の長さがそのまま立ち上がる。「けっこうな時間」は、その長さを書く手間を省いた逃げです。給脂の段でも「決まった量」と書いてありますが、グラム数か押し回数か、この人なら言えるはずです。
「観覧車は、構造でいえば自転車の車輪と同じ理屈だ。」「自転車の車輪を、何十メートルにも巨大にしたものだと思えばいい。」「巨大な車輪の、巨大なスポーク。理屈は、手のひらに乗る車輪と何も変わらない。」
同じ比喩を一段落で三度言い直しています。自転車の車輪、と一度言えば読者は分かる。二度目・三度目は、作者が自分の比喩を気に入って撫でているだけ。一本緩んだスポークを実際にどう見つけるのか——音か、触るのか、輪を回して歪みを目で追うのか——そちらの動作が一行もない。比喩の反復で字数が埋まり、肝心の「張りを一本ずつ確かめる」手つきが書けていません。
「歓声が消えたあとの遊園地は、まるで別の生き物のように静まりかえる。」
「別の生き物のように静まりかえる」は、夜の工場にも、閉館後の美術館にも、無人の駅にもそのまま貼れる比喩です。この人の夜の静けさは、もっと固有のはず——観覧車のモーターが切れたあとの、軸受けが冷えていく金属の音か、風がスポークの間を抜ける音か。固有名のない静けさは、生成された「それっぽさ」の典型で、人物より雰囲気が先に立っています。
「私たちは点検のたびに、その日が混んだか空いていたかを、部品の側から読んでいる。」
これは魅力的な一文ですが、いまは概念どまりです。「部品の側から読む」と言うなら、何を見て読むのかを一つ出さなければ嘘になる。グリスの減り具合か、ウレタンパッドの当たりか、軸受けの温度か。前作の「白い線」「ベアリングの高い音」のように、混雑を物理量として拾う一点があれば、この文は核に格上げできる。逆にその一点がないまま「読んでいる」とだけ書くと、職業の手つきを語り手が演じているだけに見えます。
残すべきは四つ。降りてくるゴンドラを一台ずつ待つ巡回(台数と一周の分で書く)、油膜一枚で支える車軸(断定で)、外は光・中は配線とソケットの鉄骨、頂上から見る保安灯だけの園。削るべきは、「ロマンチック」「きらきらと美しい」の既製の観覧車像、留保語尾、最終段の「ゆっくり」三唱と主題解説、自転車比喩の反復、「別の生き物のように」の汎用比喩。改稿では、スポークの緩みを見つける動作を一つ入れ、満員/空車の負荷は「部品の側から読む」を具体的な物理量一点に置き換えてください。ゆっくりな機械の話なら、文章こそゆっくり、具体に時間をかけて書く。結論へ急がない。