観覧車の、夜(第二稿)
いちばんゆっくりな機械の、夜の世話

シシクラゲン(48歳・遊園地の機械整備26年)

閉園のチャイムが鳴って、最後の客が帰る。モーターを切ると、軸受けがゆっくり冷えて、鉄が縮む小さな音がする。コースターは止めれば止まるが、観覧車は止めてからも、しばらく鉄が鳴っている。この園でいちばんゆっくり回る機械は、世話もいちばん長くかかる。私たちの夜は、ここから始まる。

まず、ゴンドラを一台ずつ見る。輪を一区画ずつ送り、地上に降りてきたゴンドラの扉を開け、閉め、ヒンジの遊びを指で確かめ、窓の固定を押して、また送り出す。次が降りてくる。また開けて、閉める。ゴンドラは三十六台。一周させて全部の扉を一度ずつ確かめ終えるまで、だいたい一時間。子どもが中で暴れても、走行中に扉が開いてはいけない。だから一台も飛ばさない。私は、降りてくる三十六台を、順番に待っている。

輪の中心に、車軸がある。三十六台のゴンドラと、輪そのものの重さが、この一本に乗っている。軸受けの継手にグリスガンの先をあて、五回押す。古いグリスが端から黒くなって押し出される。それを拭う。あの重さを支えているのは、この油の膜一枚だ。膜が切れれば、軸は焼ける。だから油を切らさない。台帳の給脂欄に、日付と押し回数を書く。

骨組みの中に入る。輪の縁に並んだ球が一つ切れると、夜景の側から見て、輪が一か所だけ欠ける。だから内側から、切れた球を探して替える。外から見る観覧車を、私はもう何年も見ていない。私が見るのは、配線とソケットの並んだ鉄の骨と、その骨の隙間から見える、地上の小さな園だ。光る輪は、この骨の中から作られている。

風の日は、止める。観覧車は、速い機械より風に弱い。ゆっくり回るぶん、長く風にさらされ、大きな面で受けて、ゴンドラが横に流れる。コースターの客は一周で降りられるが、観覧車の客は、止まった輪の上に残される。風速計の数字が基準を超える前に、もうゴンドラは横に振れはじめている。あの大きさは、強さの形ではない。横に流れるゴンドラを見れば、それは分かる。

輪の張りを見る。観覧車は、自転車の車輪を巨大にしたものだ。中心から外周へスポークが張られ、その張りで丸い形を保っている。一本緩むと、輪を一回ししたとき、ある角度で縁がわずかに沈む。だから輪をゆっくり回し、外周の一点を目で追って、沈む角度がないかを見る。沈みを見つけたら、その方向のスポークを締める。手のひらの車輪と、見つけ方は同じだ。大きさだけが、ちがう。

満員の週末のあと、軸受けのグリスは、ふだんより黒く出る。三十六台に客が満ちた重さが、油を余分に働かせる。空の平日が続いた朝は、押し出されるグリスがまだ薄い。私は給脂のたびに、出てくる油の色で、その何日かが混んでいたか空いていたかを知る。歓声を、私は聞かない。油の色で、後から知る。

点検の途中、頂上のゴンドラに乗って、輪を止める。いちばん高いところから、閉園後の園を見下ろす。客はいない。保安灯だけが、ぽつぽつと灯っている。昼にあれほど鳴っていた歓声は、いまどこにもない。鉄の縮む音が、たまに足の下から上がってくる。今夜も私は、降りてくるゴンドラを、一台ずつ待っている。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。