シシクラゲン(48歳・遊園地の機械整備26年)
客がコースターに乗っているのは三分。私たちが見ているのは三時間。二十二歳で施設整備課に入って、二十六年、そう教わったとおりにやってきた。今年、新しく来た課長に、その三時間を二時間にできないか、と言われている。ずっと無事故なんだから、と。
コースターのコースの終わり、車両がブレーキで止まる区間に、レールの脇に赤い線が一本引いてある。停止限界線という。ここを越えて車両がはみ出したら、それは異常だ、という線だ。毎朝の試走で、無人の編成を一本走らせて、最後にどこで止まるかを見る。規定は一つ、線の手前で止まること。私は二十六年、その止まった位置から線まで、何メートルあるかを、毎朝メジャーで測って、台帳に書いてきた。
線を越えなければ合格だ。だから、止まった位置が線まで五メートルでも、一メートルでも、台帳の判定の欄は同じ「可」になる。判定だけ見ていたら、ずっと同じ「可」が並ぶ。だが、距離の数字のほうを見ると、違う。私が測ってきた数字は、ある年から、少しずつ小さくなっていった。先月は四メートル八十、今月は四メートル六十。ブレーキのフィンが減り、油が乗り、季節で効きが変わる。一月にほんの数センチ。一年で、半メートル。誰も気づかない速さで、車両は、毎年、線に近づいていた。
課長は、台帳の判定の欄を見て言った。「全部『可』じゃないか。ずっと異常が出てないんだろう。毎朝の全数点検、隔日でいいだろう。人も足りないんだ」。私は、判定の欄ではなく、距離の数字のほうを見せた。四メートルが、三メートルに近づいている、と。課長は言った。「でも、越えてはいないんだろう。だったら、まだ余裕がある。調整は、予算がついてからでいい」。越えていないんだから、いいだろう。それが、課長の言い分だった。事故が起きていない。だから安全だ。だから、飛ばしていい。
私は、それは違う、と思った。越えていないことと、余裕があることは、違う。無事故が続いているのは、安全が増えたからじゃない。余裕が減っていくのが、判定の欄からは見えないだけだ。事故が起きていないことは、安全である証拠ではない。私は課長にそう言った。だが、課長には伝わらなかった。私は、点検を飛ばさなかった。隔日にもしなかった。毎朝、線まで歩いて、距離を測って、台帳に数字を書き続けた。判定の欄が「可」でも、距離が縮んでいれば、私にはそれが赤信号だった。
その冬の、いちばん冷えた朝だった。試走の編成が、いつもより手前で止まらなかった。メジャーを伸ばすと、止まった車両の先端が、赤い線の、ほとんど上にあった。指二本ぶん、手前。越えてはいない。判定は、まだ「可」だ。課長を呼んだ。課長は線と車両を見て言った。「越えてないじゃないか」。私は、その日の運行を止めた。ブレーキを開けると、フィンが規定の厚みを下回っていた。交換して、もう一度試走したら、停止位置が二メートル、線から戻った。つまり、余裕は、ずっと前から食われていた。線を越えた日まで、誰も気づかないはずだった。私が距離を測っていなければ、課長の言うとおり、その朝も「可」だった。
規定は、線を越えるな、としか言わない。だが、線を越えた日には、もう手遅れだ。越える前に止めるには、越えるか越えないかではなく、線までの距離が、いつから縮みはじめたかを、見ていないといけない。それは、判定の欄には、書かれない。距離の数字を、毎朝、自分で並べていった人間にしか、見えない。二十六年で覚えたのは、それだ。無事故という言葉を、安全の証拠の欄に、入れてはいけない。
今朝も、始発前に、メジャーを伸ばして、赤い線までの距離を測っている。四メートル七十。台帳に書く。客はまだ来ない。三分のために、三時間。二時間には、しない。