竹垣の、結び(第二稿)
庭師と四つ目垣を立てて、竹に触る手が二つあると知った日

スガヌマカリン(35歳・竹細工職人13年)

春のおわり、庭師から電話が来た。四つ目垣を一枚立てるので、竹の調達と下ごしらえを頼みたい。注文は細かかった。立子は真竹の三年もの、六尺を四十二本。胴縁は同じ真竹で、立子より一回り太いものを三本。目の間隔は四寸五分。私は紙に書き取った。籠なら自分の目で選ぶ竹を、人の寸法で揃えるのは初めてだった。

電話の主はオオエサトルさんといって、庭師を三十年やっている人だった。竹藪に入って、私はいつもの癖で、節と節のあいだが長く、肉の薄い竹を探した。ひごになる竹だ。オオエさんは違う竹に手を当てていた。太さが揃って、青のむらのないもの。「これは遠くから見られる竹だから」と言った。同じ竹藪を歩いて、私たちは別の竹を指さしていた。

下ごしらえは私の領分だった。切った竹を洗い、湿した布に灰をつけて表面の油を拭き、火で炙って残りの油を浮かせる。節のささくれを払い、六尺で揃えて切り口を斜めに落とす。籠のように薄くは割らないが、長さを揃え、口を整える段取りは、手が覚えている工程と同じだった。四十二本の立子を一束にすると、太さの揃いが目で分かった。

立てる日、オオエさんの庭に入った。親柱を据え、胴縁を渡し、立子を四寸五分の間隔で並べていく。私は立子を手渡す係から始めて、途中から交点の結びを任された。シュロ縄のいぼ結び。縄を交差させ、ひと結びして、縛り目を外へ向ける。四つ目垣の格子は、目の数が揃って初めて遠目に静かになる。私は籠の目を数える癖で、立子のあいだの目を数えていた。

同じいぼ結びを、オオエさんと並んでやった。私は縄を指の腹で送り、目を詰めるように内へ締めた。オオエさんは縄を手首ごと回し、外へ張って一度で締めた。結び目の形は同じなのに、力の向きが逆だった。籠の編みは内へ内へ締める。垣根の結びは外へ張って締める。並んだ私の結びは、言われて見れば少し詰まりすぎていた。

休みに、オオエさんが青竹を一本くれて、庭鋏で切ってごらんと言った。片刃を当てて握ると、繊維が斜めに潰れて、切り口がささくれた。木の枝を切る刃だった。私は腰の竹割り包丁を抜いて、同じ竹に厚い刃を当てた。繊維に沿って、竹はすっと縦に裂けた。オオエさんが自分の包丁で枝を切ろうとして、刃が滑って止まった。割る刃と切る刃。同じ竹を相手にして、刃は別の方向に入った。

結いながら、オオエさんが垣根の話をした。雨ざらしの青竹は二、三年で青が抜ける。五年で灰色になり、節の際から割れが入る。七、八年で立子を入れ替える。庭の竹は、はじめから色あせる年数を見込んで立てる。私が編む米研ぎざるは、屋内で二十年使われて手の脂で黒光りする。同じ真竹が、外では七年で老い、内では二十年生きる。

夕方、四つ目垣は結い上がった。四十二本の立子の格子の向こうに、オオエさんの手入れした庭があった。私の結びは詰まり、オオエさんの結びは張っていた。一枚の垣根に、内へ締める手と外へ張る手が並んでいる。私は竹藪で、ひごになる竹を指さした。オオエさんは、遠くから見られる竹を指さした。帰り道、腰の包丁が、いつもより重く感じた。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。