コメダを出たあと、杉浦恒夫(六十三)は、先輩のワタナベ(六十五)と駅の近くのホームセンターに寄る。ワタナベは電球を買いに、杉浦は鍵を一本、処分してもらいに。合鍵と錠前のカウンターに、係の女性が一人。胸に「ツツミ」。
杉浦、鍵束から一本を外して、カウンターに置く。ワタナベは電球の箱を抱えて、横に立っている。
杉浦これを、処分していただけますか
ツツミお預かりします
ツツミ、鍵を指先でつまみ、鍵山を親指の腹でなぞる。
ツツミ手提げ金庫の鍵ですね。この型は、二本で一組で出ます
杉浦はい
ツツミ処分は、金属ごみになります。こちらで潰して、箱に入れます
ワタナベ金庫の鍵なんか持ってたのか
杉浦課の小口現金の金庫です。金庫のほうは、もうありません
ワタナベじゃあ、ただの板だな
ツツミ……
ツツミ、何か言いかけて、言わない。鍵をトレーに置く。
ワタナベ二本で一組なら、もう一本は
杉浦持っていた人が、返していきました
ワタナベどこへ
杉浦辞めたので
ワタナベいつ
杉浦二〇〇四年の三月です
ワタナベ……お前、この前、一万円はある年の差額だと言ったな
杉浦言いました
ワタナベその年か
杉浦はい
ワタナベ金庫の鍵を持ってたのは、二人か
杉浦二人です
ワタナベ疑われたのは
杉浦一人です
ワタナベお前じゃないほうか
杉浦私は、係長でしたので
間。ツツミは、ブランクキーの引き出しを開けて、何かを探すふりをしている。
ワタナベ係長だから、疑われなかった
杉浦誰も、私には聞きませんでした
ワタナベ自分から言えばよかった
杉浦言いました。私も持っています、と。そうしたら、課長が、杉浦くんはいいんだ、と
ワタナベ……うちの会社でも、そういうのはあった。上は、いいんだ、で済む
杉浦済みました
ワタナベそれで、なんで今、処分する
杉浦大学で泥棒が入って、全員、持っている鍵を届け出ることになって。紙に、全部書きました。この鍵も
ワタナベ書かなきゃ、持ってないことにできたろう
杉浦それでは、持っていなかったことになります
ワタナベそれの何が悪い
杉浦……四月の子が、届出を回収して、聞いてきました。もうない金庫の鍵を、なんで持ってるんですか、と
ワタナベなんて答えた
杉浦返す先がないので、と
ワタナベ嘘じゃないが、本当でもないな
杉浦はい
ツツミ、引き出しを閉めて、トレーの鍵をもう一度手に取る。
ツツミこの鍵、あまり使われていませんね
杉浦分かりますか
ツツミ角が立っています。毎日差される鍵は、角が丸くなるので
杉浦一年と少ししか、使いませんでした
ツツミ潰しますか
杉浦……
杉浦、トレーの上の鍵を見ている。ワタナベは電球の箱を持ち替える。
杉浦やっぱり、持って帰ります
ツツミかしこまりました
ツツミ、トレーごと鍵を杉浦のほうへ押し出す。杉浦、鍵束に戻す。
杉浦、カウンターの横の棚を見る。番号式の南京錠が並んでいて、四桁の列だけ、フックが二つ空いている。
杉浦番号式は、三桁と四桁と、どちらがいいですか
ツツミ四桁です
杉浦今週は、四桁が出ていますね
ツツミはい
ワタナベ買うのか
杉浦いいえ。見ただけです
ワタナベ大学も、電子の鍵にすりゃいいんだ。誰が開けたか、全部残るやつ
杉浦電池が切れると、三日、誰も入れないそうです
ワタナベ替えりゃいいだろう
杉浦誰の係か、決めておけば
ワタナベ、レジのほうへ歩き出す。杉浦はツツミに一礼して、あとに続く。鍵束が、上着のポケットの中で一度鳴る。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。