雨の、攻防
中止と続行のあいだで、誰も見ていない土を守る

タチアラシユウト(39歳・球場のグラウンドキーパー17年)

屋根のない球場で働く者にとって、雨は永遠の宿敵だ。空が崩れる気配がした瞬間から、私たちと天との果てしない攻防が始まる。十七年、私はこの戦いを繰り返してきたように思う。晴れた日の試合は誰の記憶にも残るが、雨の日に守られた土のことは、たぶん誰も知らない。

試合前、まず空を読む。といっても、勘ではない。運営事務室のモニターに雨雲レーダーを出し、審判団と球団の運営担当が囲む。私たち整備の人間も呼ばれる。緑の塊が西からどう動くか、何時の回にかかるか。「五回までは持つ」「六回で一度強まる」。誰も断定はしない。皆が画面の同じ一点を見ながら、それぞれの責任の重さで黙っている。最後に審判長が「予定どおり」と言うまでの、あの数分の沈黙が私はいちばん苦手だ。

シートを展開する訓練は、シーズン前に何度もやる。内野全体を覆う巨大なシートは、畳んだ状態だと一本の太い丸太のように見える。これを十数人で抱え、転がしながら広げる。役割は決まっている。先頭の二人がへりを引き、左右が幅を出し、後ろが風をおさえる。号令から内野が消えるまで、うまくいけば数十秒。雨と闘う男たちの背中が、夕暮れのグラウンドに並ぶ。その光景は、嫌いではなかった。

降りはじめてからの整備は、道具の使い分けがすべてだ。表面に浮いた水は吸水ローラーで吸う。スポンジを巻いた重い筒を二人で押すと、通った跡だけ色が変わる。それでも消えない水たまりには、おがくずを撒く。乾いたおがくずが水を抱え込み、重くなったところを掻き出して捨てる。撒く、待つ、掻き出す。雨の中でしゃがみ続ける作業は、地味で、終わりが見えなくて、そして誰も見ていない。

中断のあいだ、審判は私たちに訊く。「いけそうか」。これに答えるのが、現場のいちばん難しい仕事かもしれない。私は打席のあたりにしゃがみ、土を握る。水を含んで重くなった土は、握ると固まったまま崩れない。それでは選手が踏ん張れない。けれど、表面さえ直せば下は持つ、という見立てが立つ日もある。「あと十分くだされば、打席だけは作れます」。私の口から出るのは、いつもそういう留保つきの言葉だったように思う。

中止が決まった夜のグラウンドは、ひどい。シートをめくると、覆いきれなかったへりから水が回り込み、土は飴のように練れている。芝は水を吸って黒ずみ、踏めば足跡がそのまま池になる。私たちはそれを見て、ほとんど何も言わずに帰り支度をする。明日の朝が、本当の仕事だからだ。

翌朝は早く出る。一晩の雨が引いた土を、表面から少しずつ起こしていく。重い層を掻き、乾いた砂を足し、ローラーをかけ、また握る。固まって、ほろりと崩れるまで。半日かけて、昨日の雨をなかったことにする。誰のためでもない、明日また選手の足が乗るための土を、私はただ作り直す。

ドーム球場の整備の人と話したことがある。彼らには雨がない。天井があるというだけで、仕事はまるで違うのだと知った。私たちは、空とともに生きるしかない。雨雲レーダーの数分の沈黙も、数十秒の隊列も、おがくずの一掴みも、翌朝の半日も、すべては天と折り合いをつけるための営みだ。結局のところ、天気と生きるのが整備なのだ。雨と闘うのではなく、雨を受け入れること。十七年かけて、私はそれをようやく学んだのだと思う。

試合が続行され、スタンドが歓声に沸くとき、その足の下では土が静かに水と戦っている。誰も見ていない。それでいい。気づかれない満点を守るのが、私の仕事なのだから。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。