正月の、配達(第二稿)
町がいちばん静かな朝のこと

タカヤナギメイ(29歳・牛乳配達7年)

元日も配る。牛乳は生ものだから、休配の連絡がないかぎり届ける。販売店に着くのは三時半。氷を敷いて、ルート表の順に積む。違うのは本数だ。区域は四十一軒。元日に積むのは、十六本だった。年末に「31日まで」のメモがいくつも入って、その分、保冷箱が軽い。氷の音だけが、いつもより大きく聞こえる。

普段の朝でも町は寝ている。けれど普段は、新聞のバイクと、早番の自転車と、二、三度すれ違う。元日はそれがない。区域をひと回りして、だれともすれ違わなかった朝は、一年でこの日だけだ。聞こえるのは、私のペダルのきしみと、保冷箱の中で氷がずれる音。

止めますのメモは、年末の鉛筆書きが多い。子どもの自由帳を破ったような、罫線の入った紙。「年内で一旦止めます。よいお年を」。輪ゴムで瓶の口に留めてある。私はそれを回収かごに入れ、その家には一本を置かずに、蓋を閉めて通り過ぎる。新しい一本を置かない蓋は、閉めるとき軽い。中で待つものが、何もないからだ。

止め忘れて帰省した家は、すぐわかる。大晦日の一本が、受け箱に残っている。雨戸が閉まり、ガレージに車がない。決まりどおり、私はそこにも一本を入れずに次へ向かう。残った一本を、回収はしない。それは私のものではないからだ。雨戸の閉まった家の前で蓋を開け、何も足さずに閉める。その動作を、元日は何度も繰り返す。

台所に灯りのついていた家は、四軒だった。区域四十一軒のうち、四軒。ガラスの内側がうっすら曇って、上のほうに湯気が立っている。雑煮の鍋か、最初の茶か。私は外にいるから、中身は見えない。見えるのは曇りと湯気だけだ。その四軒の前を、私はいつもより少しだけ、自転車を遅く漕いだ。

正月は店も人が足りないから、交代で回す。他人の区域を一日預かる年は、戸惑うことが具体的に多い。ルート表が頭に入っていないので一軒行き過ぎて戻る。受け箱が門の内か外か分からず、暗がりで手を探らせる。あの家に犬がいることを、私は知らない。蓋の開け方も家ごとに違って、固い蓋を片手でこじろうとして、瓶を鳴らしてしまう。一日預かるだけで、自分の四十一軒が、どれだけ指に馴染んでいたかを知る。

年が明けて何日かすると、メモがまた増える。「今年もお願いします」。止めた家が、また始める合図だ。先週の鉛筆書きと同じ家の、同じ筆跡のときもある。タオルが添えられていることもあった。紺の地に白で酒屋の名前が刷られた、薄い一本。受け箱に入れるために、細く三つ折りにしてあった。私はそれを受け取り、新しい一本を置く。置く蓋は、また重くなる。

松の内が明けると、保冷箱が重くなる。十六本だった元日から、七日を過ぎるあたりで、また四十一本に戻っていく。すれ違うバイクも自転車も戻る。私はカレンダーを見ない。積んだ本数と、肩にかかる保冷箱の重さで、正月が終わったことを知る。今日は三十八本。あと三軒、お願いしますのメモが来れば、町はもとどおりだ。今朝も三時半に氷を敷いて、私は一軒目の蓋を開ける。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。