「尊い」は何回言ったら価値が下がるか

タケウチソウタ

クラスの女子のTikTokの見方がやばい。

いや、「やばい」って今俺が使ったこの「やばい」もたぶんやばいんだけど、その話は後でする。

全部が最上級

昼休み、教室。隣の席のミヤケさんがスマホでTikTok見てた。イヤホンしてなかった。画面チラッと見えた。たぶん推しのアイドル。

ミヤケさんの実況。

「尊い……尊い……無理……天才……えぐい……しんどい……」

30秒くらいの動画で、これ全部出た。

推しがダンスしてる。「天才」

推しが髪切った写真。「天才」

推しがペットボトルの水飲んでるだけの動画。「天才」

……水飲んでるだけで天才になれるなら、俺も天才だろ。部活の後、毎日2リットル飲んでるぞ。

天才の安売り

別にミヤケさんをバカにしてるわけじゃない。推しが好きなのはわかる。俺だって好きな選手いるし。

ただ、気になったのは——全部同じ言葉ってこと。

ダンスも「天才」。髪型も「天才」。水飲むのも「天才」。感動の度合いが全部違うはずなのに、出てくる言葉が全部同じ。

全部が最上級ってことは、何も最上級じゃないってことじゃないのか。

「尊い」を1日に50回言ったら、51回目の「尊い」ってまだ尊いのか?

「無理」って言いながら普通に生きてるし。「しんどい」って言いながら笑ってるし。言葉と中身がズレてる。

でもそれって、ミヤケさんが悪いんじゃなくて、言葉の方が足りてないのかもしれない。「すごい」と「天才」の間にあるはずの10段階くらいの感情を表す言葉が、日常語にはない。だから全部「天才」で済ませるしかない。

変な大人に聞いてみた

ソノダさんにLINEした。「推しに対する語彙が5個しかない問題」について。

ソノダさんの返信。

「それ、マンションの広告と同じだよ。『上質な暮らし』『洗練された空間』『邸宅の風格』——不動産の広告って、全部のマンションに同じ言葉使ってるの。駅から遠くても『上質』、狭くても『洗練』、普通でも『風格』。全員が使うから、もう何も意味しなくなってる」

ソノダさん曰く、「上質」って書いてある物件が100個あったら、「上質」はもう「普通」と同じ意味になるらしい。

「『尊い』を全員が毎日言ってたら、それはもう『いいね』と同じ重さだよ。言葉って、みんなが使えば使うほど軽くなるの」

……なるほど。

てことは、本当にやばいときに「やばい」が使えないってことか。みんなが毎日「やばい」って言ってるせいで、本当にやばいときに使える言葉がもう残ってない。

ソノダさんはこれを「言葉のインフレ」って呼んでた。お金をたくさん刷ると1枚の価値が下がるのと同じで、「尊い」をたくさん使うと1回の「尊い」の価値が下がる。

経済の話かよ。

じゃあどうすりゃいいんだよ

ソノダさんに「じゃあどうすればいいんですか」って聞いた。

「別にどうもしなくていいんじゃない? 言葉が軽くなるのは自然なことだし。ただ、本当に伝えたいときに『すごい言葉を使う』んじゃなくて、『具体的に言う』のがいいかもね。『天才』じゃなくて、『あのステップの切り替えの速さが好き』とか」

具体的に言う。

たしかに、「天才」より「あのステップの切り替えの速さが好き」の方が、ちゃんと見てる感じがする。「天才」は100人が言えるけど、「あのステップの切り替え」は、ちゃんと見てた人しか言えない。

つまり、具体的な言葉はインフレしないってことか。「尊い」は量産できるけど、「3曲目のサビ前で一瞬だけカメラ目線になるところ」は量産できない。

……いや、でもそれって結構難しくないか。毎回そんな丁寧に言葉選んでられないし。推し見て「尊い」って叫ぶのは、考える前に出るやつだし。

ブーメラン

ここまで偉そうに考えてたんだけど。

夜、なんとなく自分のXのポスト見返した。

昨日、推しのバスケ選手の試合があった日のポスト。時系列で並べる。

19:32 「やば」
19:34 「えぐ」
19:35 「神」
19:41 「やばすぎ」
19:45 「えぐい」
19:47 「は?天才?」
19:52 「神神神」
19:58 「えぐすぎて無理」
20:03 「やばいやばいやばい」
20:11 「まじで神」
20:15 「えっぐ」
20:23 「やば(3回目)」
20:30 「神試合」
20:45 「今日えぐかった」
20:51 「まじ神」

1日で15回。語彙3つ。

「やば」「えぐ」「神」のローテーション。ミヤケさんのこと何も言えなかった。

しかも俺、「やば」を母音すら省略して「やば」にしてるし、「えぐい」も「えぐ」に縮めてる。語彙が少ないだけじゃなくて、その少ない語彙すらさらに短くしてる。

語彙の少なさを指摘してた人間が、
語彙3つで15ポストしてた。

ソノダさんが言ってた「具体的に言う」。あの試合で言うなら、「第3クォーターの残り2分でトランジションからノールックパス出したのがやばかった」みたいに言えばよかった。

でも試合中にそんな冷静に言語化できるわけないじゃん。あの瞬間は「やば」しか出ないんだよ。感情が言葉を追い越してんだよ。

つまり「尊い」を連呼してるミヤケさんも、感情が言葉を追い越してるだけなんだよな。

……ちょっとだけミヤケさんの気持ちがわかった気がする。

でも明日からは、たまには具体的に書いてみようと思う。「やば」じゃなくて、何がどうやばかったのか。

たぶん3日で元に戻るけど。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。タケウチソウタは架空の人物です。