タケウチソウタ
コンビニでバイトを始めた。時給960円。
初日、バックヤードに通されて、ロッカーの場所と休憩室の場所を教えてもらった。で、その休憩室の壁。
張り紙だらけだった。
A4のコピー用紙に太字で印刷された張り紙。テープで貼ってある。端っこが少しめくれてる。
「笑顔で接客!」
「お客様第一」
「感謝の気持ちを忘れずに」
「挨拶は元気よく!」
4枚。全部フォントが違う。つまりたぶん、別の時期に別の人が作った。店長かもしれないし、前の店長かもしれないし、本部から来たやつかもしれない。
誰が書いたのかわからない。
そして初日から気づいたんだけど、誰も見てない。
先輩のスズキさん(大学生、めちゃくちゃ手際がいい)に聞いた。「あの張り紙って読むんですか」。スズキさんの返事。「え、何の? あー、あれ。いつからあるか知らないけど。読んだことない」。
いつからあるか知らない。読んだことない。でも剥がされてもいない。
バイト始めて1週間くらいして、友達のハヤシに会った。ハヤシはファミレスでバイトしてる。
「お前んとこ張り紙ある?」って聞いたら、
「あるある。『笑顔は最高のサービス』みたいなやつ」
同じだった。
別のバイト仲間のオオタは牛丼屋。「お客様の声に耳を傾けよう」。ヨシダは本屋。「一期一会の精神で」。
全部違う店で、全部違う業種で、全部同じような張り紙。
コンビニ=「笑顔で接客!」
ファミレス=「笑顔は最高のサービス」
牛丼屋=「お客様の声に耳を傾けよう」
本屋=「一期一会の精神で」
全部、言ってることほぼ同じ。
逆に聞きたい。「笑顔で接客するな」って張り紙がある店ってあるのか。ないだろ。つまりこれ、書いてあっても書いてなくても同じってことじゃないか。
ソノダさんにLINEした。「バイト先の張り紙が全部同じなんですけど」って。
ソノダさんの返信。
「あー、わかる。それSaaSのLPと同じだよ」
SaaS? LP? 何語?
「ごめんごめん。えっと、ネットのサービスの広告ページがあるんだけど、どの会社も『業務効率化を実現』『お客様の成功にコミット』『イノベーションを加速』って書いてあるの。全部の会社に。全く同じことが」
正直、SaaSとかLPとかよくわかんなかった。でも「全部の会社に同じことが書いてある」ってのは、めっちゃわかった。
「みんなが同じこと書いてるってことは、もうそれは情報じゃないの。壁紙なの。読むものじゃなくて、貼ってあるだけのもの。『笑顔で接客!』も、たぶんもう壁紙になってる」
壁紙。
たしかに。あの張り紙、端っこめくれてるし、日焼けしてるし。誰も読んでないけど誰も剥がさない。壁の一部になってる。意味は消えたけど、存在は残ってる。
じゃあ剥がせばいいじゃん、って一瞬思った。
でも想像してみた。休憩室の壁が真っ白だったら。何も貼ってなかったら。
なんか……やる気ない店に見える。
あれか。読まないけど、あることに意味がある、みたいな。お守りみたいなもんか。中身がどうとかじゃなくて、持ってること自体が安心。
ソノダさんが前に言ってた。「会社の理念とか社訓とか、誰も暗記してないけど額に入れて飾ってあるでしょ。あれと同じ」って。
たしかに。うちの学校の校訓も、正門のとこに石碑で彫ってあるけど、一回も読んだことない。でもなかったらなかったで、なんか学校っぽくない気がする。
張り紙=読まないけど、貼ってないと不安
校訓の石碑=読まないけど、なかったら学校っぽくない
お守り=効くかわかんないけど、持ってないと不安
全部、中身じゃなくて存在に意味があるやつだ。
昨日、学校で。
ハヤシに聞かれた。「バイトどう?」
俺、反射的に答えてた。
「やりがいあるよ」
……。
やりがい。
時給960円。レジ打って、品出しして、トイレ掃除して。別にやりがいなんか感じてない。でも「まあ普通」って言うと暗いし、「つらい」って言うと心配されるし、「金のため」って言うと身も蓋もない。
だから「やりがいある」。
「笑顔で接客!」の張り紙と同じことしてた。
中身のない、でも貼っとくと場が収まる言葉。「やりがいあるよ」は俺の口から出た張り紙だった。
張り紙=「笑顔で接客!」→ 誰も読んでない
俺=「やりがいあるよ」→ 自分でも思ってない
共通点=貼っとくと場が収まる
やりがいって何だよ。時給960円の何にやりがいがあるんだよ。
……でもまあ、スズキさんの手際の良さはちょっとかっこいいと思ってるし、常連のおばあちゃんに「ありがとうね」って言われたときは悪くなかった。
それを「やりがい」って呼ぶのか? わかんない。でも「やりがいあるよ」って言った瞬間、なんかそういうことにしたくなった自分がいた。
張り紙と同じだ。貼った瞬間から、なんとなくそういうことになる。