タケウチソウタ
東京に住んでる従兄弟のユウキが遊びに来た。名古屋駅で待ち合わせ。「名古屋めし食いたい」って言うから、駅の地下街を歩いた。
で、気づいた。
「元祖」だらけだった。
名駅の地下街。味噌カツの店。
「元祖 味噌カツ」
50メートル歩く。別の味噌カツの店。
「本場 名古屋味噌カツ」
さらに歩く。
「名古屋名物 味噌カツ 創業○○年」
3軒とも「うちが本物です」って顔してる。
ユウキが「どれが本物なの?」って聞いてきた。知らん。俺名古屋に住んでるけど知らん。
味噌煮込みうどんも同じ。きしめんも同じ。手羽先に至っては「風来坊」と「世界の山ちゃん」が永遠に元祖争いしてる。
味噌カツ=「元祖」が3軒以上
味噌煮込み=「本場」が複数
手羽先=二大「元祖」が終わらない戦争中
全員が「本物」。つまり誰が本物かわからない。
ユウキが「矢場とん行こうよ」って言った。テレビで見たらしい。
俺は言った。「いや、あそこ観光客向けじゃん」。
言ってから気づいた。じゃあどこが本当の名古屋めしなんだ。
矢場とんは観光客向け。山本屋は高い。コンパルは並ぶ。スガキヤは安すぎて名古屋めしっぽくない(でもうまい)。
「本当の名古屋めし」って何。
俺が一番うまいと思ってる味噌煮込みうどんは、ばあちゃんが家で作るやつだ。土鍋で。卵落として。ぐつぐつ煮えたぎってるやつ。めちゃくちゃうまい。
でもばあちゃんの味噌煮込みには、どこにも「元祖」って書いてない。「本場」って書いてない。「名古屋名物」って看板も出てない。ただの家のごはん。
一番うまいのに、ラベルがない。
夜、ユウキとファミレスでだらだら喋ってたら、急に聞かれた。
「ていうかさ、名古屋って何があるの?」
出た。名古屋民が一番聞かれたくない質問。
「えーと……味噌カツ? でも別に……あとは……名古屋城? でもあれ天守閣入れないし……レゴランド? いや……」
何もない。
東京みたいにドラマの舞台にならないし。京都みたいに修学旅行で来ないし。大阪みたいに「おもろい」って言われないし。
名古屋は——なんていうか、中途半端だ。都会でもないし田舎でもない。歴史があるっちゃあるけど京都ほどじゃない。飯がうまいっちゃうまいけど大阪ほど推してない。
ユウキは別に悪気なく聞いてた。でも俺、ちょっとムカついた。ムカついた自分にもビビった。別に名古屋が好きなわけじゃないのに、バカにされるとムカつく。
ソノダさんにLINEした。「名古屋って何もないんですかね」って。
ソノダさんの返信。ちょっと意外だった。
「あー、私も台湾から帰ってきたとき同じこと思ったよ。台湾って夜市とかお寺とかわかりやすい『すごいもの』がたくさんあるの。帰ってきて名古屋見たら、何もない気がした」
ソノダさんでもそう思うのか。
「でもしばらくして気づいた。名古屋は何もないんじゃなくて、何もないがあるんだよ」
何もないがある? 禅問答かよ。
「東京は『すごい』を売りにしてるし、京都は『歴史』を売りにしてる。名古屋は売りにするものがないから、住んでる人が自分で『まあいいか』って思えるものを見つける。それってすごく贅沢なことだと思うよ。ラベルがないから、自分で決められる」
……ばあちゃんの味噌煮込みと同じだ。「元祖」って書いてないけど、俺にとっては一番うまい。ラベルがないから、俺が自分で「これがうまい」って決めてる。
ユウキが東京に帰った後、なんとなく考えた。
名古屋に何もないって言ったけど。
バスケ部の仲間がいる。練習のあとにスガキヤでラーメン食う。休みの日はコメダでだらだらする。モーニングのトースト分厚い。ばあちゃんの味噌煮込みは土鍋でぐつぐつしてる。
それって十分「ある」じゃん。
「元祖」とか「本場」とか「名物」とか、そういうラベルを貼らなくても、ちゃんとそこにある。ラベルがないから観光客は気づかない。でも住んでる俺には見えてる。
名古屋に「ある」もの
・部活の仲間
・スガキヤのラーメン
・コメダのモーニング
・ばあちゃんの味噌煮込み
※どれにも「元祖」「本場」のラベルはない
でも——「名古屋最高!」とは言わない。
それは盛りすぎだ。名古屋は「最高」じゃない。「まあいいか」だ。暑いし。湿気やばいし。方言ダサいって言われるし。
でも「まあいいか」って、けっこう強い言葉な気がする。「最高」は一瞬で冷めるけど、「まあいいか」はずっと続く。LINEのグループ名に「最高のクラス🔥」ってつけたら1年で死ぬけど、「まあいいか」は死なない。
名古屋は「まあいいか」の街だ。それでいい。
……と思ったけど、ユウキに「名古屋って何もないね」って言われたらまたムカつくと思う。それも本当。