スローガンを剥がした日
——文化祭が終わった翌日

タケウチソウタ

文化祭が終わった。片付けの日。教室に来たら、まだたこ焼きの匂いがした。

壁にはまだ、あの模造紙が貼ってあった。

あの言葉が決まるまで

クラスのスローガン。文化祭の2ヶ月前、HR(ホームルーム)で決めた。

候補が3つ出た。

多数決で「輝け☆青春」になりかけた。

俺、手を挙げた。「なんか違くない?」って。

理由はうまく言えなかった。ただ、「輝け☆青春」って言葉が、なんか——借り物っぽかった。どこかで見たことある。ポスターとか、ドラマのキャッチコピーとか。うちのクラスの言葉じゃない。

そしたらけっこう揉めた。「じゃあ何がいいんだよ」「文句言うなら案出せよ」。まあそりゃそうだ。

結局、俺が出したあのスローガンになった。多数決じゃなくて、なんか、話し合ってるうちに「まあそれでいいか」ってなった。満場一致じゃない。消去法と妥協の間みたいな決まり方。

模造紙に書いた

俺が提案した言葉だから、俺が書くことになった。

100均で模造紙と太マジック買ってきて、教室の後ろで書いた。あのスローガン。マジックが途中でかすれて、「本」の字がちょっと薄い。書き直すのもなんか違う気がして、そのまま貼った。

ガムテープで四隅を止めた。壁にちょっと斜めについた。直すのが面倒で、そのままにした。

文化祭の2日間、あの模造紙はずっと壁にあった。たこ焼きの油がはねる教室の後ろの壁に。誰もわざわざ読まない。でもそこにあった。

剥がす

片付けの日。担任に言われた。「壁の装飾、全部外してね」。

俺が貼ったから、俺が剥がす。まあそうだよな。

ガムテープの端をつまんで、引っ張った。

べりっ、て音がした。壁の塗料がちょっとだけ一緒に剥がれた。模造紙がゆっくり壁から離れて、重力で下にたわんだ。残りのテープも剥がした。

手元に、くしゃっとなった模造紙が残った。

あのスローガン。
ただの紙だった。

2ヶ月前に揉めて、俺が手を挙げて、消去法で決まって、100均のマジックで書いて、ガムテープで貼って、2日間そこにあった言葉。

剥がしたら、3秒で終わった。

冷凍と解凍

#1で、LINEのグループ名のことを書いた。「テンションの冷凍保存」って。グループ名はテンションが一番高い瞬間に名前をつけて、そのテンションが冷凍される、って。

あのときは「3年2組最強」とか「永遠の仲間たち」とか、他人の話だった。中学の、もう終わったグループの話。他人事。

今回は違う。

俺が提案した言葉が、俺の手で解凍された。

あのスローガンは、HRで揉めてたあの日のテンションが冷凍されてた。文化祭をやるぞ、っていう空気。まだたこ焼きの匂いもしない、何も始まってない教室の空気。あの空気ごと冷凍されて、模造紙に閉じ込められてた。

で、今日、俺が壁から剥がして、くしゃっと丸めて、ゴミ袋に入れた。

解凍、完了。

匂いは残る

変なことに気づいた。

言葉は消えた。模造紙はゴミ袋の中。壁にはガムテープの跡と、ちょっと剥げた塗料だけ。

でも、たこ焼きの匂いがまだ教室に残ってた

窓を開けてるのに。掃除したのに。油の匂いがうっすらと、カーテンとか机の木目のあたりに染みついてる。

言葉は剥がせば消える。ガムテープごと、べりっとやれば終わる。でも匂いは剥がせない。染みついてるから。物理的に。

言葉=貼れるし剥がせる。選べる。消せる
匂い=勝手に残る。選べない。消せない

文化祭の2日間で本当に残ったのは、スローガンじゃなくて、たこ焼きの匂いだった。

なんかそれ、ちょっと悔しい。俺が書いたあの言葉より、たこ焼きの油のほうが強い。

お疲れ

ゴミ袋を持って廊下に出たら、サカモトが通りかかった。

「お疲れ」って言われた。

それだけ。サカモトも自分のクラスの片付けの帰りっぽかった。すれ違って、それで終わり。

でも——なんか、いつもの「お疲れ」と違った。

文化祭の前にもサカモトは「お疲れ」って言う。部活の後とか、テストの後とか。同じ3文字。同じ声。同じトーン。

でも今日の「お疲れ」には、なんか、重さがあった

文化祭の2日間を通過した後の「お疲れ」。準備して、本番やって、片付けて、全部終わった後の「お疲れ」。同じ言葉なのに、通ってきた時間の分だけ重い。

「お疲れ」の3文字は変わらない。
でもその3文字が背負ってる荷物の量が、昨日と今日で違う。

言葉って——中身が同じでも、いつ言うかで全然違うものになるんだな。

報告しない

帰り道、スマホを見た。LINEの通知がいくつか来てた。クラスのグループ。「文化祭おつかれー」「楽しかったー」。スタンプ。

ソノダさんには連絡しなかった。

前だったらLINEしてたと思う。「スローガン剥がしたら、なんか考えちゃったんですけど」みたいな感じで。そしたらソノダさんは「それはね、記号の脱文脈化っていって——」とか言ってくれたかもしれない。で、俺は「なるほど」って言って、なんかわかった気になって終わり。

でも今回は違う。

これは報告するようなことじゃない。

自分が提案した言葉。自分の手で書いた文字。自分で貼って、自分で剥がした。その一連の体験は、俺だけのものだ。誰かに説明した瞬間に、たぶん何かがこぼれる。たこ焼きの匂いみたいに、言葉にすると抜け落ちるものがある。

だから書かない。

……って思ったけど、こうやって日記に書いてる時点でダメじゃん。

まあいい。日記はいい。日記は誰かに報告してるわけじゃない。自分が自分に話してるだけだ。

たぶん。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。タケウチソウタは架空の人物です。