トネガワミズホ(43歳・下水道の管路調査員18年)
道路の陥没のニュースが流れると、人は突然できた穴に驚く。けれど、あの穴は突然ではない。地下では静かに、見えない脅威が育っている。私はその、誰にも気づかれない地下の異変を覗き続けてきた人間である。落ちるべくして落ちた穴の、長い前史を知っている数少ない人間なのだ。
陥没の多くは、下水管の破損から始まる。管に小さな穴が空くと、そこから周りの土が少しずつ管の中へ吸い込まれていく。土が抜けた分、道路の下に空洞ができる。空洞は雨のたびに、車の重みのたびに、少しずつ大きくなっていく。地表のアスファルトは、薄い天井のように空洞を支え続け、ある日、支えきれなくなって落ちる。落ちた瞬間だけがニュースになるが、地下ではもう何ヶ月も、何年も、その準備が進んでいたのだと思う。
前兆は、地表からも探せる。路面下空洞調査というレーダー車があって、走りながら地中に電波を打ち、反射の乱れから空洞らしき影を拾っていく。私たちはその結果を受け取り、影の出た区間に下水管が走っていれば、優先調査のリストに入れる。レーダーが「ここの下に何かある」と言い、私たちがカメラで「その何か」を確かめにいく。地上と地下から、同じ一点を挟み撃ちにするわけだ。
優先調査のリストの上から、マンホールを開けていく。空洞の影と下水管が重なった区間は、たいてい古い管だ。カメラを送ると、内壁のどこかに、土が抜けていった穴が口を開けている。穴の縁に土がこびりつき、そこだけ流れの色が違う。「ああ、ここから吸ってる」と、画面を見れば分かる。この穴が、頭の上の空洞とつながっている。レバーを止めて、私はしばらくその穴を見ていた。
「あと一年遅ければ」と思った現場がある。空洞はもう車道の幅いっぱいに広がっていて、天井のアスファルトは数十センチしか残っていなかったらしい。地表を歩いても、車で通っても、何の異変もない。けれど画面の向こうの管の穴は、もう人が腕を入れられるほどに開いていた。背中に冷たいものが走った。あの上を、毎朝通学路として子どもたちが歩いていた、と後で聞いた。
危ないと分かれば、その夜のうちに動く。緊急の止水で土の吸い込みをまず止め、空洞には充填材を流し込み、路面を仮復旧する。夜間工事の照明が煌々と道路を照らし、規制の中で作業が進む。通りすがりの人は、ただの道路工事だと思って通り過ぎていく。明日には何事もなかったように車が走る。その下で、落ちるはずだった穴が、落ちずに埋め戻されたことを、知る人はほとんどいない。
陥没のニュース映像を見ると、私はつい穴の形を見てしまう。穴が車道に沿って細長く伸びていれば、その下を管が走っていたのだと分かる。円く落ちていれば、継ぎ目あたりが抜けたのだろうと見当がつく。原因が、画面越しに見えてしまう。穴の縁の、土の崩れ方まで目が追う。一般の人には「突然の陥没」でも、私には「あの管の、あの区間」が見えている。それは少しさみしい見え方かもしれない。
古い管は、掘らずに直す技術がある。更生工法といって、傷んだ管の内側に新しい樹脂の管を作り、内側からひと回り若い管に生まれ変わらせる。道路を掘り返さずに済むので、地上の暮らしはほとんど止まらない。新しくなった内壁をカメラで見ると、継ぎ目もひびもない、つるりとした筒が続いている。土を吸う穴は、もうどこにもない。この管は、これで何十年か、落ちる前史を始めずに済む。
予防の仕事には、成果が見えないという宿命がある。防いだ陥没は、数えられない。起きなかったことは、証明できないからだ。それでも私たちは、レーダーの影を追い、優先区間にカメラを降ろし、夜のうちに穴を止める。誰にも気づかれない場所で、誰にも気づかれない災いを、誰にも気づかれないように防いでいく。今日もマンホールの蓋を開け、私はカメラを、まだ誰も知らない空洞の前史の中へ降ろしていく。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。