改刻の、注文(第二稿)
姓が変わるとき、判子はどうなるか

トヨシマヒデオ(61歳・印章店三代目)

姓が変わった、という実印の注文を、私の帳簿では年に四十本ほど受ける。そのうち新しい姓で作る人と、下の名前だけで作る人が、だいたい半々だ。下の名前で頼む人は決まってこう言う。「名前なら、これからも変わりませんから」。離婚しても、また結婚しても、下の名前は動かない。理屈は正しい。

だが私は、その知恵を自分からは言わない。言えば一本の注文が、姓のたびに二度三度と来るはずだったのが、一度きりになる。商売としては損だ。だから客が「また変わったら、また作り直しですか」と訊いたときだけ、下の名前という手を教える。今日来た若い人も、見積書を見てそう訊いた。私は「銀行印を下の名前で作っておけば、次は要りませんよ」と答えた。少し考えて、「じゃあ、下の名前で」と言った。

勘違いされるのは、判子は彫り直せる、という思い込みだ。「鈴木」を「佐藤」に直してください、と言われる。だが印面に一画でも足せば、それは別の印になる。改刻という言葉を使って説明するが、改刻とは結局、作り直すことだ。印床に固定し、印刀を入れ、線を一刀殺せば、もう戻らない。名前が変わるとき、判子は印材ごと、まるごと新しくなる。

改刻の見積書を出すと、たいてい客は数字をもう一度見る。直すだけなのに、という顔だ。私はそこに、印鑑登録の廃止届と再登録の案内を一枚添える。古い印は役所で抹消し、新しい印を登録し直す。半分だけ変わった判子は、どこの窓口も受け付けない。証というのは、まるごとでなければ証にならない。

旧姓に戻る人の注文は、言葉少ない。今日もう一人、戻った姓を小さな声で言った女の人がいた。二十年ぶりにその姓を口にする声は、慣れていなかった。新しい姓を覚えるのに二十年かかった人が、その姓を捨てて、もっと古い名前に戻る。私は理由を訊かない。訊く代わりに、印材は何にしますか、とだけ言う。声の小ささが、こちらの問いの答えになっている。

近ごろ増えたのは、古い実印の持ち込みだ。「これ、どうしたらいいですか」と、布に包んで持ってくる。亡くなった親のもの、姓が変わって使えなくなった自分のもの。私は奥から印章供養の箱を出す。年に一度、神社で焚き上げてもらう。供養の前に、私はその印面を手鏡に映す癖がある。映すのは、摩耗を見るためだ。角の丸まり方、朱肉で詰まった画。「鈴木」の木の、右下の払いだけがいつも先に減る。よく押された判子ほど、減りに偏りがある。どこで止まり、どこで力が入ったか、それが印面に残っている。

持ち込まれた一本も、下の三文字あたりが平らに減っていた。よほど押した人だ。家か、相続か、保証人か。それは私には分からないし、分からなくていい。減りだけが、この名前が長く使われたことを言っている。私はそれを箱に納めた。新しく彫る判子は、まだどこも減っていない。これから減っていく。

下の名前で頼んだあの人の印床に、印材を固定する。この一本なら、次に姓がどう変わっても、もう作り直さなくていい。彫り直せないから作り直す——その繰り返しを、この人は一度で抜けたことになる。私は刀を入れる。一刀でも深ければ、戻らない。だからこそ、字入れに二日かける。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。