核は強い。「煤の少ないものを」という注文と、本堂の天井・金仏具を傷めるという理由。納品で見せてもらう「お下がり」を掌に乗せ、皿に流れた蝋と芯の煤で自分の仕事を読むこと。そして「先代と同じものを」を、毎年ちがう原料で同じ炎を作り直す仕事として捉えたこと。この三点は、デビュー作の「芯の太さ」に並ぶ強さを持っている。問題は、書き手がその三点を信用せず、季節と匂いの書き割りで場面を立て、「通知表」という比喩を二度も押し売りし、最終段で主題を自分で解説して締めてしまっていることだ。職業エッセイは、職業の手つきで嘘をつくと全部が嘘に見える。
「窓の外には季節の移ろいがあり、鍋の上には櫨蝋(はぜろう)の甘い匂いが静かに満ちていて、その匂いの向こうで、私はいつも本堂の炎のことを考えている。」
「窓の外」「静かに満ちていて」は、デビュー作のレビューでも同じ指摘をされたはずの叙情装置です。季節・匂い・静けさで「風情ある工房」を安く調達している。この職人が本当に語るべきは、季節の移ろいではなく、いま手元にある寺の注文の紙——三十匁か五十匁か、何対か——のはずです。雰囲気が、仕事より先に立っている。
「自分のろうそくの燃え跡は、職人にとっての通知表なのだ。」/「燃え跡は、職人の通知表なのだ。あの本堂の冷たい板の上で、私はいまも採点されている。」
同じ比喩を、中盤と末尾で二度言っています。一度目で読者は十分に受け取っている。二度目の「採点されている」に至っては、比喩を比喩で延長して説明を重ねており、くどい。皿に流れた蝋の量、芯にこびりついた煤——その観察そのものがすでに「通知表」を体現しているのだから、「通知表なのだ」と名指す必要はありません。名指した瞬間、お下がりを読む手つきの値打ちが下がる。
「その一点のためでもあったのだろう。」/「それは、毎年ちがう材料で、同じ炎を口寄せするような仕事なのかもしれない、と思った。」/「一つのことを一生かけて見る。それが職人ということなのかもしれない。」(※末尾の一つはデビュー作だが、同じ癖が出ている)
指を浸して蝋の温度を決め、芯の太さを掛け当てる人間は、断定で生きている職業です。煤が少ないから寺に選ばれた、という因果は、二十四年やってきた当人なら「〜のためでもあったのだろう」と推量する話ではない。確信していることを推量で言うのは、怯えではなく、断言を避ける作者の保険に見えます。「口寄せ」の比喩も悪くないが、「かもしれない、と思った」で逃げた瞬間に死ぬ。
「宗派によって、寸法も本数も慣習が変わる。一対で立てるところ、本数を奇数にこだわるところ、燭台の高さに合わせて丈を指定してくるところ。」
これは観察ではなく、一般論の列挙です。「宗派によって変わる」と言いながら、どの宗派がどう、という固有名が一つも出てこない。実際に納めている職人なら、たとえば「あの寺は朱蝋を嫌う」「この宗旨は燭台が低いから丈を詰める」と、一つの寺の一つの癖で語れるはずです。三つ並べた抽象例より、実在する一寺の面倒な注文を一つ書くほうが、はるかに信用できる。
「私はいつも、足袋の裏から伝わる板の冷たさで、ここが祈りの場所であることを思い出す。」「……と思うと、背筋が伸びる思いがした。」
「足袋の裏の冷たさ」はよい。具体的で、体で書けている。だがそれを「祈りの場所であることを思い出す」と説明でつないだ瞬間、観察が教訓に化けます。さらに「背筋が伸びる思いがした」は、どの職人エッセイの納品場面にも貼れる汎用シールで、ツボイレンジである必然がない。冷たさを書いたら、冷たさで止めること。意味は読者がつける。
「皿に流れ落ちた蝋が多ければ、芯が吸いきれなかった証拠。芯の周りに煤がこびりついていれば、温度の掛け方を間違えた証拠。」
本作でいちばん強い場面なのに、惜しい。「〜の証拠」と教科書的に対応づけてしまうと、職人の目ではなく、用語集の読み上げに見える。本物の職人なら、お下がりの塊を指で割って断面の色を見るとか、根元に残った蝋を爪でこそげて柔らかさを確かめるとか、一つの動作で書くはずです。何を見て何を直すと決めるのか——その判断こそが職人の目であって、「証拠」の列挙は判断の手前で止まっている。
「燃え切ったろうそくは、ほとんど何も残さない。私はいまも、寺の天井を見上げると、煤の付き方のほうを、先に読んでしまう。燃え跡は、職人の通知表なのだ。」
「煤の付き方のほうを、先に読んでしまう」は、デビュー作の「まず芯の太さを読む」の見事な変奏で、ここで終われていた。それを「通知表なのだ」「採点されている」と二重に解説して台無しにしている。主題を主題文として書いたら、それはもうエッセイではなく要約です。お下がりの軽さ、天井の煤——その手触りに語らせて、口は閉じておくべきでした。
残すべきは三つ。「煤の少ないもの」が天井と金仏具を守るために選ばれてきたという因果、お下がりを掌に乗せて燃え方を読む手つき、「先代と同じものを」を毎年ちがう原料で同じ炎を作り直す仕事として捉えたこと。削るべきは、季節と匂いの書き割り、「通知表」の二度押し、留保語尾、宗派の一般論。改稿では、宗派の慣習は実在する一寺の固有の癖一つに絞り、お下がりは「読む」ではなく断面を割る動作で見せ、最終段は「煤の付き方を先に読む」で止めること。意味は動作と手触りが運ぶ。説明が運ぶのではない。