土屋良介の三十七番
学童の玄関で

土屋良介(つちや りょうすけ)。四十六歳。妻に障害があり、家族四人での外出は「行かない」のではなく予定として立てられない。勤め先の給与より外の仕事の収入が多くなって二年、書類の職業欄で手が止まる。制度の言葉と、名乗りが通る側にいる自分の自覚から書く。

得意題材:窓口と書類、制度の借り物の言葉、休むための許可、収入と名乗りのねじれ
声の特徴:短い断定と制度の名詞。感情に名前をつけそこね、動作で示す

迎えは、閉まる少し前になる。玄関の掲示板に、夏の写真が並んでいた。番号のシールと、申込の紙。児童名と、番号と、枚数。書く欄はそれで全部である。

この紙は、書く人が誰かを聞かない。続柄の欄がない。祖母が書いても、ヘルパーが書いても、二人目の親が書いても、同じように通る。書類は毎日いくつも通っていくが、聞かない書類は目立たない。聞く書類だけが、人を廊下に立たせる。

夜の写真は三枚。三十七番がいちばんいい。火の玉と、背中が四つ。右から二番目がうちの子である。声は百人の中から聞き分けられなかったが、背中は四つの中から見るまでもない。背中は、そういう領分である。

端に、半分だけ写った男がいる。私である。人の写真に入るかどうかは、自分では選べない。撮った人は、私を入れるつもりはなかったはずだ。半分入って、半分切れた。

半分の顔を、しばらく見た。あの日は、朝から書類で、昼に例の連絡が来て、夕方まで街にいた日である。顔に出ていておかしくない日だった。出ていなかった。火の玉が落ちるまでのあいだ、顔が用事を忘れている。借りてきた言葉の休みが、効いていたことになる。写真は証拠である。

枚数の欄に、二、と書いた。一枚は娘に。一枚は妻に。妻はあの夜、家にいた。うちは、行けなかった夜を、あとから紙で追いかける。十年でずいぶん追いかけた。アルバムには妻のいない写真が多くて、妻はそれを全部持っている。持っている、と、いた、は違う。違うが、持っていない、よりはいい。

児童名の欄に娘の名前を書いた。三十秒かからなかった。三十秒で通って、誰も廊下に立たせない。いい書類である。

紙を箱に入れてから、もう一度三十七番を見た。半分の男の切れた側——写真の外——で何があったかを、私は知っている。火の玉が落ちて、誰かが勝って、勝ちのルールは誰も決めていなかった。写真の外を知っているのは、写っていた者の役得である。

娘が靴を履き替えて出てきて、どれを頼んだか聞いた。三十七番、二枚、と答えた。「ママの分?」と聞くので、そうだ、と答えた。娘は満足した顔をした。この家の紙の使い方を、娘はもう知っている。

いつ届くの、と聞かれた。知らない、と答えた。締切が金曜だということは紙に書いてあるが、届く日は書いていない。書いていない日を待つのは、悪くない。締切ばかり書いてある暮らしに、たまに、届く日の方の紙が混ざる。

——補記:この一篇と 中原圭一の三十七番 は対になっています。同じ掲示板を、数時間ちがいで見て、同じ番号を書く。今回は、すれちがいすらありません。

対になる一篇:中原圭一の三十七番 →
前の対:土屋良介の学芸会 →
書き手:土屋良介 →
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