ツヅラフミ(56歳・活版印刷職人34年)
うちの「の」と「に」が、いよいよ甘くなった。明朝五号の、いちばん使う二字だ。指の腹で肩をなぞると、出っ張りの角が削れて、丸い。刷ると、その字だけインキの載りが浅くなる。よく使う字から減っていくのは、活版の宿命のようなものだ。私はその二字をケースから抜き出して、紙に包んだ。
注文を出すなら、鋳てくれる先がいる。長いつきあいの活字鋳造所が、隣の市にひとつ残っている。鋳るほうのトコロアズミさん——五十一歳、活字を鋳って二十九年の人だ。私が組んで刷る字は、もとはトコロさんが鉛を溶かして鋳ったものだ。電話を入れると、「在庫の母型、見てから決めよう」とだけ言われた。減った字の現物を持って、私は朝の電車に乗った。
鋳造所は、鉛のにおいがする。インキとは違う、金属の、少し甘いような重いにおい。トコロさんは母型の棚へ私を連れていった。母型というのは、活字の字面を逆さに彫り込んだ真鍮の型で、これに溶けた鉛を流し込んで活字を鋳る。棚は壁を埋めて、引き出しの一つひとつに何千の母型が眠っている。「五号の明朝なら、この段だ」。トコロさんが「の」と「に」の母型を抜いて、欠けがないか目で確かめた。私の減った二字の、親にあたる型だった。
鋳込みを見せてもらった。鋳造機に母型をセットして、坩堝の鉛の合金が、口金から型に押し込まれる。レバーが一度動いて、戻る。それだけだ。型を開くと、まだ熱を持った「の」が一本、湯口の鉛をぶら下げて落ちてくる。数秒だった。溶けた鉛が、私の使う一字になるまでが、ほんの数秒。刷る側の私は、できあがった字しか触ったことがなかったのだと、そのとき気づかされた気がした。
鋳上がった字には、バリが出る。湯口のあとや、型の合わせ目に薄い鉛のはみ出しが残る。トコロさんはそれを刃で削ぎ、一本ずつ高さを見ていく。活字の高さは決まっていて、〇・〇一ミリ違っても刷りに出る。私はそれを、刷る側の目で見た。組んだとき隣の字とそろうか、版にしたとき面が一枚になるか。新品の「の」は、肩の角が立っていて、まだ一度もインキを吸っていない、白い鉛の色をしていた。
母型も減るのだ、とトコロさんは言った。鋳るたびに溶けた鉛が当たって、真鍮の型も少しずつ傷む。よく出る字の母型から先に痩せていく。痩せた母型からは、字面の甘い活字しか鋳れない。だから古い母型は、字の血統のようなものを保つために、刷る活字よりも慎重に扱う。父型から母型を打ち直すこともあるが、それも手間と費用がかかる。「字を絶やさないのは、減らさないことじゃなくて、減ったぶんを継ぐことだ」と、トコロさんは削りながら言った。減ってゆくものを抱えている同士、私たちは消えゆく技を守る同志なのかもしれない。
削り終わるのを待つ間、鉛の話を少しした。私が組む鉛は、冷えて固まった活字の鉛だ。トコロさんの鉛は、坩堝の中で溶けている鉛だ。同じ合金——鉛とアンチモンと錫——を、固いまま扱う私と、溶かして扱うトコロさん。配合の話、温度の話、湯流れの話。私には縁のない言葉が並んだが、もとは同じ材料なのだった。私たちはそれを、立ったまま、淡々と話した。鉛をめぐる仕事の、上流と下流だったのだ。
新しい「の」と「に」を包んでもらって、私は帰った。翌日、さっそく名刺の組版に入れた。鋳たての「の」が、最初に刷る一行。レバーを引いて、戻して、紙を裏返す。指でなぞると、その字の凹みが、まわりよりほんの少し深い。トコロさんの鋳った鉛が、私の手で、最初の一枚を押した。鉛は、こうして上流から下流へめぐっていくのだろう。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。