ウキタジュンペイ(35歳・信号機の保守点検員13年)
歩車分離式に切り替えた交差点の前で点検をしていると、苦情が歩いてくる。電話は私たちには来ない。けれど作業車を停めて脚立を立てていると、苦情の主は、その電話の代わりに私のところへ来る。制服を着て、いま信号をいじっているのが私だからだ。
歩車分離式は、車の信号と歩行者の信号を別の時間に分ける。車が四方向すべて赤になっている十数秒のあいだ、人だけが、斜めにでも渡れる。事故は減る。車の待ちは増える。切り替えの朝、新しいタイミングで動き出すと、最初の赤で車列がコンビニの二軒先まで伸びた。信号二回ぶん待たされた軽トラの運転手が、窓を下げて、怒鳴るでもなく、諦めた顔で「前のままでよかったのに」と言った。
私は「警察にお問い合わせください」と頭を下げた。設定は警察、機械は私たち。秒数を決めたのも私ではない。なぜこの交差点が分離式になったのか、制御機の箱を開けても、盤面に並ぶのは秒数だけだ。「ここで子どもがはねられたから」とは、どこにも書いていない。事故の統計と、地域の要望と、警察の判断。結果の数字だけが現場に届いて、理由は届かない。私はその数字を機械に入れて、締まり具合を確かめて、帰る。
右折矢印を増設した別の交差点では、逆のことが起きた。車は右折しやすくなり、そのぶん歩行者の青が四秒短くなった。今度は、いつも杖をついて渡る七十くらいの女の人が、点検中の私に言った。「渡りきれないのよ。前は渡れたの」。車の運転手も、前のままでよかったと言う。この女の人も、前は渡れたと言う。前の方が良かった、と両側から来る。
けれど、どちらの「前」にも、事故の記録がある。変える理由がなければ、設定は変わらない。分離式の前には車にはねられた人がいて、矢印を増やす前にはたぶん右折車の渋滞でべつの何かがあった。その記録は現場に貼られない。だから人は、前を懐かしむ。私は、その記録があることだけを知っていて、中身は知らない。
杖の女の人に、私は言った。「設定のことは警察になるんです」。相手は黙っている。それで足りないとわかって、知っている範囲の一般論を、そっと付け足した。「分離式って、事故が多かった所に入れるみたいですよ」。嘘ではない。けれどこの交差点で何があったのかは、私も知らない。知らないまま、知っている顔をして言った。
女の人は、「そう」とだけ言って、短くなった青が次に点くのを待って、杖をついて渡っていった。渡りきる手前で青が点滅を始めて、それでも歩幅は変わらなかった。横断のあいだ、車は全部止まっている。分離式は、そういうふうに作られている。私は脚立の上から、それを最後まで見ていた。
点検が済むと、信号はまた決まった順に色を変える。半年もすれば、苦情は減るだろう。人は新しい秒数に慣れて、それが当たり前の交差点になる。私はそのころまた点検に来て、ボルトを締めて、秒数を確かめて帰る。前の方が良かったと言われても、私は数字をいじらない。いじる立場にない。ただ、女の人が渡りきるまでの秒数を、たぶん私だけが、数えていた。