青の、秒数
制御機の箱を初めて開けた日

ウキタジュンペイ(35歳・信号機の保守点検員13年)

信号機を直す仕事を十三年している。誰もが従い、誰も見ていない機械を直す人、と言えばいいだろうか。交差点の信号は、青、黄、赤と、決まった順番で、決まった秒数だけ光る。その秒数を、私はいくつもの交差点で覚えてしまっている。家の近所の交差点の青が四十二秒だと、たぶん私だけが知っている。

夜の交差点に立つと、信号の光がアスファルトに滲んで、町は静かに息をしているように見える。車が一台も来ない赤に、誰も従う者のいない赤に、信号機だけが律儀に色を変えている。あの規則正しさが、私はずっと好きだった気がする。

保守会社に入ったのは二〇一三年、二十二歳のときだった。当時はまだ電球式の信号機が残っていて、私の最初の仕事は、その電球の交換だった。LEDに替えていく工事が各地で始まっていたころで、古い信号機の中の、白熱した電球を外して、新しいユニットを入れる。高所作業車のバケットに乗って、信号灯器の前まで上がっていく。

その日、先輩に連れられて、初めて交差点の脇に立つ制御機の箱を開けた。灰色の、人の背丈ほどの金属の箱だ。普段は鍵がかかっていて、街の人は中身を知らない。扉を開けると、配線と基板と、設定の並んだ盤面があった。信号のタイミングは、すべてこの箱の中で決まっていた。青が何秒、黄が何秒、赤が何秒。交差点ごとに、その数字が設定されている。

先輩が盤面の数字を指して言った。「この交差点の青は長い。小学校の通学路だからだ」。私はそのとき初めて、信号の秒数に意図があることを知った。青の四十二秒は、たまたま四十二秒なのではない。子どもがゆっくり渡れるように、誰かが決めた四十二秒だったのだ。機械が勝手に光っているのだと思っていたものが、急に人の手のものに変わった瞬間だった。

それからの私は、交差点を見る目が変わった。歩行者用の青が点滅を始めると、走り出す人がいる。あの点滅の秒数も、箱の中で決められている。深夜の幹線道路では、感応式といって、車が来たときだけセンサーが感知して信号が変わる交差点がある。誰も来ない深夜、一台の車のためだけに赤が青に変わる。あれを見ると、なんだか胸が温かくなるような気がしたものだった。

夜間の点検は、通行を規制して行う。コーンを並べ、片側を止めて、灯器を一つずつ確かめていく。一度、点検中に地域一帯が停電したことがあった。信号がすべて消えた交差点に、警察官が出てきて、手信号で車をさばき始めた。私はその横で、復旧を待ちながら、手信号と連携して通行を見ていた。機械が止まると、人が出てくる。機械は、人の代わりに立っていたのだと、そのとき思った。

信号機というのは、いわば町の動きの設計図なのだと思う。青の秒数の一つ一つに、ここを誰が渡るのか、どれだけ車が流れるのか、という読みが込められている。私たち保守員は、その設計図が今日も正しく描かれ続けるように、縁の下で機械を直している。誰も見ていないけれど、誰もが従っている。それが私の仕事だ。

あの日、初めて制御機の箱を開けてから、十三年が経った。私はいまも、交差点を、青の秒数で記憶している。あの箱の中の数字を知ってしまったことが、私をいまの私にしてくれたのだと思う。今夜もどこかの交差点で、誰も見ていない赤が、律儀に青に変わっている。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。