鬼瓦の、顔(第二稿)
瓦屋と鬼師の間に立って、棟の端に魔除けを据える

ウキョウイチカ(42歳・瓦葺き職人20年)

鬼瓦は、棟のいちばん端に座っている。のし瓦を積み上げた棟は、端で小口が空く。そこから雨が入る。鬼瓦は、その小口を塞ぐ蓋だ。同時に、家の外へ顔を向けて、災いを睨み返す。雨を止める仕事と、睨む仕事を、一枚で兼ねている。屋根の端には、その両方が座る。

私は鬼瓦を作らない。作るのは鬼師だ。寺や旧家から特注が来ると、私は施主の望みを聞き、屋根の寸法を測り、紙に起こして鬼師に渡す。鬼師はその寸法で土を捏ね、顔を起こす。焼き上がった鬼を、私が屋根に据える。寸法を測る手と、顔を捻る手と、据える手は、それぞれ別の人間のものだ。私はその真ん中で、寸法を渡し、抜けた寸法を確かめて、また渡す。

寺と旧家の注文には、格がある。本堂の大棟の端には経の巻が載る。渦を巻いた経巻が左右に立つ、寺で最も格の高い意匠だ。旧家からは家紋を入れろという。鬼の顔の代わりに、丸に違い鷹の羽や、三つ巴を据える。違い鷹の羽は武家、三つ巴は神社の縁のある家。どの家にどれを許すかを誤れば、施主に恥をかかせる。私は瓦を葺くだけでなく、この一覧を頭に入れている。間違えれば、屋根の上で一生消えない。

葺き替えは、古い鬼を下ろすことから始まる。先月は明治の建物だった。大棟の鬼は、額のまんなかが割れ、右の角が落ちていた。両手で抱えて下ろすと、思ったより軽い。中の土が乾いて痩せている。割れ口は刃物のように鋭く、裏には六十年分の埃と、燕の古巣の藁が詰まっていた。睨んできた顔だが、下ろしてしまえば、欠けた土の塊だ。

下ろした鬼の処遇は、施主と相談する。庭に据え直す家、神社で焚き上げてもらう家、それぞれだ。先月の家は、玄関脇の植え込みに据えると決めた。施主が、祖父の代からこの顔に見られてきた、と言った。私は割れた鬼を植え込みまで運び、顔を道のほうへ向けて置いた。施主が、向きはこれでいい、と言った。それで終わりだ。

新しい鬼の据え付けは、固定がすべてだ。棟の端で、鬼はいちばん高く、いちばん風を受ける。落ちれば下を歩く人に当たる。鬼の裏には穴が二つ開いている。そこに銅線を通し、棟の心木に回して、二度三度ねじって締める。針金ではなく銅線を使うのは、錆びて切れないからだ。締めてから、鬼と棟の際を漆喰で塞ぐ。漆喰は雨を止めるが、鬼を支えてはいない。支えているのは、見えない銅線のほうだ。

いまの鬼瓦には、型物と手捻りがある。型物は、プレスで土を型に押し込んで抜く。同じ顔がいくつでも出て、狂いがなく、安い。手捻りは、鬼師が一つずつ手で起こす。見分けは、近くで見れば一目だ。型物は、抜いたあとの合わせ目のバリが、顔の縁にうっすら筋になって残る。手捻りには、それがない。代わりに、左の眉だけ彫りが深い。鬼師の利き手が、左の眉で少し力んだ跡だ。その一筋の力みが、型物の顔にはない険しさを、左半分にだけ作っている。

据え終えて、屋根の上から見下ろすと、鬼は外を睨んでいるから、私には後頭部と、斜め下に流れる頬しか見えない。地上から見上げる人にも、左の眉の力みまでは届かない。鬼師が起こした顔を近くで見るのは、据えるときの私と、いつか下ろす誰かだけだ。私はこてで際の漆喰をならし、後頭部に手をついて据わりを確かめ、屋根を下りる。鬼は、外を睨んだまま、私の顔を一度も見ない。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。