ウキョウイチカ(42歳・瓦葺き職人20年)
台風が抜けた朝は、空が嘘のように晴れる。自然の猛威が去ったあとの、あの不気味なほどの青空だ。だが屋根屋にとって、その青空は仕事の始まりの合図でしかない。電話が鳴る。八時前から、一本、また一本と鳴り始める。
「瓦が飛んだ」。この一言から、その日の段取りが始まる。だが「飛んだ」にも幅がある。一枚浮いただけの家、棟が一列めくれた家、野地板まで見えている家。電話口で、まず訊くのは雨だ。いま降っているか、天気予報で次にいつ降るか。雨が近い家から先に回る。瓦の枚数ではなく、水の時間で順番を決める。
本修理はすぐにはできない。瓦の手配も、人手も足りない。だから、まずブルーシートを掛ける。応急の防水だ。だがシートは万能ではないかもしれない。風で煽られればまためくれるし、勾配に沿わせなければ水が溜まる。土のうの代わりに、桟木の端材を重しに並べ、シートの端を瓦の重なりの下に差し込んで、水が裏に回らないようにする。シートは雨を防ぐのではない。雨を、次の修理まで「待たせる」だけだ。
屋根に上がると、まず飛び方を読む。どこの瓦が、どの向きに飛んだか。棟の頂部が抜けているなら、そこに負圧がかかった。風が屋根を越えるとき、棟の上は気圧が下がって、瓦が吸い上げられる。軒先がめくれているなら、吹き上げだ。軒の下に風が潜り込んで、下から持ち上げた。瓦は、自分がどう飛んだかで、風がどこを通ったかを教えてくれるのだ。
屋根の上には、よその瓦も落ちている。隣の家から飛んできた瓦、向かいの倉庫のトタン、どこから来たのか分からない板きれ。自分の屋根の瓦と、飛来物の見分けがつかないと、被害の範囲を誤る。うちの瓦は和形のいぶし、隣は洋瓦の赤茶。色と形で、誰の瓦かはだいたい分かる。一軒が飛ぶと、その瓦が隣の屋根を割る。割れた隣がまた飛ぶ。台風の被害は、屋根から屋根へ連鎖していく。
修理の前に、写真を撮る。火災保険の風災補償を使うには、被害の状況を残さなければならない。飛んだ瓦の全景、めくれた箇所の寄り、屋根に上がる前の地上からの一枚。日付の分かるように、新聞でも添えて撮ることもある。職人の仕事の半分は、いまや事務仕事だ。屋根の上で瓦を読む手と、机の上で書類を作る手と、両方を持たなければ食えない。
台風のあとには、別の波も来る。「火災保険を使えば自己負担ゼロで直せます」と言って回る訪問業者だ。彼らは屋根に上がりたがり、必要のない工事まで保険で取ろうとする。地元の屋根屋は、来年もその町で仕事をする。だから無理はしない。信用が次の仕事を連れてくることを知っている。一見の業者は、その町に明日はいない。私はそれを、声を荒らげずに、ただ淡々と施主に伝える。
そうして応急のシートを掛け終えても、本修理はまだ先だ。瓦が入るのを待ち、職人の手が空くのを待つ。被害の多い年は、数か月待ちになる。施主はシートの下で、次の雨に耐えながら順番を待つ。私は次の屋根へ向かう。屋根は、飛んでから知られるのだ。ふだん誰も見上げない屋根が、瓦を一枚失ってはじめて、家を守っていたことを思い出される。重なりが、雨を防いでいたことを。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。